友達 1

 

 

「おまえ、友達とかいるのか?」
 突然シンが言った。
 
 この喧嘩仲間はこんな風に、突然突拍子もないことを言うことがある。
「友達? いるけど」
「どういう相手だ? シミナーか?」
 キールは吹き出した。
「まさか!」

 脳裏に浮かぶシミナーの仲間の面々は、誰を選んでも友達などという言葉の和やかな印象からはほど遠い。
 ―――まあ、ほど遠いといえば、こいつもそうか。
 キールはそう思いながらシンを見やる。

 顔の皮一枚の価値は天文学的。清流のように涼やかで、夜の大火のように脳裏にくっきり焼きついて離れない美貌。淀みや、生き腐れるという印象からは惑星表面と地下マグマほどにかけ離れた強い眼差しと意思力の持ち主だった。
 この五年で、殺しかけたのはほぼ一年に一度。
 キールはそれぐらい頻繁に、この幼なじみを殺しかけ、その都度この相手はからくも生き残ってきた。

 二人の「正確な」関係を知る唯一の相手、キールの友人はこう論評する。
 殺伐としてますね、と。

 あんまりにもそのとおりなので、キールとしては反論の余地がない。
 シンは小首をかしげる。そんな仕草がじつに様になる、小鳥のよう に細い首の持ち主だった。
「シミナー間の仲が悪いのは周知の事実だものな。じゃあ、お前の友達って誰だ」
「お前の友達って誰だ?」

 質問を投げ返すのは、話をかき混ぜる常套手段だ。
 そうと知りつつもシンが乗ったのは、会話を楽しむためか、もとよりさして重要ではない雑談だからか。

 シンは指を折って数え始めた。
「ガウディ伯の子息…あれは駄目だ。スーム公の甥……あれも却下。……ロクサイヌ子爵……問題外。イールぐらいだな」
「皇宮にも、子供ぐらいいるだろ?」

「いるさ。そりゃな。主に、晩餐会の席上で会う。が、私は好みが激しいんだ」
「好み……なるほど」
 キールは考え、思い当たって一つ頷いた。

「キール、おまえ相変わらず勘がいいな。紹介されて引き合わされると同時に、相手の頭が熱病に冒されるんだ。私はな。自分に恋情を抱いている相手を友人などと呼ぶ趣味は毛頭ない」
「同じぐらいの年なんだろ? そこまで毛嫌いすることもないだろうに」

「イールが私に恋焦がれるんなら考えよう。でも、ほとんど会話もしていない相手が何が恋だ。笑わせる。私が好きなんじゃなく、私の外見の皮一枚が好きなんだ。だいたい、お前だって似たりよったりの経験あるだろうに」
「あるけどさ。おれの場合は完全に相手は欲得ずくだもん。シミナーの親しい人間になって、アレコレ便宜をはかってもらいたいって。それは恋とはぜんぜん違う。よって、冷たくあしらうにも良心のとがめがない、と」

「―――イールのせいか?」
 シンがそこで、一見意味不明の質問をした。

 キールがほんの少し、表情を動かす。
 この幼なじみは、馬鹿ではない。
「違うよ。俺のため」
 そのキールの答えも予想していたのだろう。
 シンは腰に手をついて、ため息を吐いた。

「まあいい。お前に友人がいるんなら、そっちの方が大事だ。で、誰なんだ?」
「リルレーン」
「リルレーン? 人の名前にしては、妙だな」
 シンは首をひねる。
 記憶の池に落としてしまった水色の宝石を攫おうとしている顔になった。

「……リルレーン?」
 間をあけて、もう一度そう確認する。
 キールが頷くと、ますます不思議そうな顔をした。
「妙な名前だな……。…………一つ聞き忘れていたが、相手は人間か?」
「高位の精霊」

「……やっぱり。ヘンな名前だものな。リルレーン、なんて。御伽噺じゃあるまいし、それは神の名前だ」
「お前、知っているのか?」
 やや意外に思って聞くと、シンは形いい眉を寄せた。
 もっともこれは、だいぶんわざとやっている仕草なのだ。

「私を誰だと思ってる?」
「この青き星レイオスの地上にすむ十億の臣民と人の全ての地を統括するサラディー家の二十三の君殿下でございます」
「一つの主人公で馬鹿馬鹿しいほど長く書かれた物語の、たった一場面にしか出てこない神の名前だろう? どういう精霊なんだ?」

「俺より高位で、俺より強くて、俺が、いちばん知りたいことを知っている精霊。死を司る精霊」
 シンは思わずといった風に頷いた。
「なるほど。確かにぴったりだ。死者を審判し、生前の善悪を見極め、悪人に裁きを加える神だものな。死の精霊の名前にはふさわしい。でも、はまりすぎてる。……キール、その精霊は長生きか?」
「たぶん生まれてから何千年と生きてると思う」

「じゃ、あの話を書いた作者は何千年か前に、死の精霊に会って、それであの話を書いたのか?」
 筋は通っているしもっともな疑問なのだが、キールは吹き出した。
 人生は誤解の大量生産機とはよく言った。
 論理的に明解に、誤解などしないようにと気をつけていても誤解はできる。人生にまつわる澱(おり)のようなものが、誤解だ。

「ちがうちがう。このあいだ、俺が名前つけたの。リルレーンって。その話知ってたから」
「名前を、お前に付けさせたのか? 精霊が? しかもお前より高位の精霊が? あの、精霊が?」

 シンのしつっこいほどの連呼にはもちろん理由があった。
 精霊の人を見下した傲岸不遜な態度である。
 一般人はそれを知る由もないが、皇族のシンはそれを知っていたのだ。
「精霊って人間のこと、虫以下の塵芥(ちりあくた)とか、廃棄物とか、不再生細胞とか、その程度にしか思っていないんじゃなかったのか?」

「そのとーり。よく知ってるなぁ。でも、リルレーンはおれの友達なの」
「へー……。―――キール。」
「なんでしょう?」

「よく、リルレーンなんて知ってたな?」
「あの話、わりと好きなんだ」
 話自体は有名だ。
 十人いれば、六人は知っているほど著名な昔話だ。

 ただ、長すぎるのと残酷描写も含まれることから、昔の物語ではありがちなことだがしばしば物語の抜き出しという形での編纂が行われる。死者の国に主人公が赴く場面は、その筆頭にあげられるものだ。
 完全版にしか載っておらず、完全版はとにかくやたらと長い。

 キールは舌で名前をころがす。
 リルレーン、リルレーン、リルレーン。

 単純だけれども、妙に意識に残る音のひびき。
「名前をつけようって思ったとき、それしか思い浮かばなかった。いい名前だろ?」

 喧嘩相手の性格をよく知る美貌の少年は嫌悪に眉をひそめた。
「これは偏見というものだが―――」
 と一言断り、言った。

「お前が普通の人間のように、友人なんてものを欲しがってありがたがるとは思えない。お前にとって、友人とは何だ?」
 キールはくすりと笑う。

 嘘がつけず、嘘を見破る精霊よりも、嘘をつけて嘘を見破れない人間のほうがキールの本質を見抜いている。だから世の中は面白い。
 キールは答えた。

「おれが危険になったとき、おれを殺してくれる相手かな」


ちょっとだけ続きます。

2002 2/13 up

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