目指すは一攫千金、ぼろもうけっ! 十八

 

 


 イールはイールなりに、考えた末にこの結論を導いたのだ。

 自分はもうすぐ死ぬ。シズクの側で一生いられるのなら彼女と一緒に過ごしてもいいが、十中八九、シズクよりイールの方が早く死ぬ。
 そして、その時シズクはどうなる?

 彼女の気持ちにも応えられないというのに。

 誰かに事後のことを託しておく手も使えない。
 シズクのことを託せるほど信頼がおけるのはシンとキールだが、両方とも、イールが死んだ前後はとっちらかっていてそれどころではなくなっている筈だ。キールはイールと同時期に死ぬし、シンは……キールが死んだらしばらく使い物にならないだろうとイールは見ていた。
 情が薄いようで、濃い。幼馴染みの性質を知り尽くしたイールならではの洞察だった。

 だから、結婚はしない。
 彼女には幸せになってほしいから、結婚は、しない。


     § § §


 一生に一度と決めた恋の相手にきっぱり断られたときどうするか。
 ショックに打ちのめされるとか、さめざめと泣くとか、うじうじして部屋にこもっているとか―――あいにく彼女はそういったある意味女らしい、ある意味じめっとした性格の持ち主ではなかった。

 彼女がその人並み以上の頭でまずしたことといえば、「考えること」である。
 イールの言葉を一つ一つ吟味し、記憶と照らし合わせ、よく考え、彼女は次の行動をとった。
 情報収集に乗り出したのである。
 幸いにして、同じ一つ屋根の下に(宇宙船にこの形容が正しいかどうかはわからないが)情報源としてぴったりな人物がいる。もっとも、性格の腹黒さもかなりのものだが、まずは行ってみてから―――。
 そしてキールはシズクにあっさり教えた。

 現在裏工作で死ぬほど忙しい人物が、パートナーの呆れの目線のなかわざわざ時間を割いて、手ずからお茶なぞを淹れながらシズクの質問に答えたのである。
 そして、最後に一つ質問した。
「それで君はこのまま引き下がるかい?」
「―――誰に言ってるんですか?」
 優雅に立ち上がり茶器を手に彼女は挑む目で答えた。
「私は立花雫。その名にかけて、私は私の全力を尽くします。全身のありったけで愛します。あの方が誰を愛していようと、私が彼を愛しているのです。それで不幸になったところで悔いませんわ。私があの方を愛して自分で選んだ未来です」
 シズクはすべてを自分の努力で手に入れてきた。努力はすべての才能に勝る。これが彼女のポリシーである。仮にその結果が悔いるものであっても―――イールだとて言っていたではないか。

 自分だけは自分を知っていると。どんなに誤魔化しても自分だけは自分の悪事を見ている。逆に言うなら、自分の行為の美醜を最もよく知っているのは、自分自身だ。
 シズクは悔いない。イールが誰を見ていようと、どんな結果に終わろうと、彼女は誇りとともに胸をはれるだろう。やれるだけのことをやり、愛せるだけ愛した後ならば。

 シズクの返答はキールが割いた労力に見合うものだったらしい。にやりと満足げに笑った恋敵に、シズクは頭を下げる。
「情報、ありがとうございました。……ところでシノンさん」
 広々と広い同じ部屋で、コンピュータを操作していた青年は振り返りもせず即座に返答した。
「なにか?」
「お話があるんですけど、いつでしたらお時間とれますか?」
「五分なら今」
「充分です」
 シズクは、満足げに笑った。





 船内を歩いていてシズクが憤然とこちらに向かってきたとき、あ、これはマズイと思ったのだ。
 そして予想通り、イールは彼女にぶたれた。
「私は! 占いなんて違えてみせます!」
 言われたせりふは少しばかり予想と違っていたが。
 見返した彼女は涙の影もなく気丈に睨みつけていた。

「どうして―――あなたが……あなたが、あなたが死んでしまうっていう事、どうして私に教えてくれないんですか!」
 ぶたれた頬をさすりながら(正確にはぶたれてあげたのだ。かわすことぐらい簡単だった)、イールはいう。
「教えて何になるのかな?」
「心構えができます」
「……心構え?」
「100%あたる予知などありません。あなたが、それを信じて何の対策もとらないのはあなたの勝手ですけど、それに私まで巻き込まないでください。私は、あなたを連れていかせはしません! そのためにありとあらゆる手段をとります。そしてそのことを手間とも苦労とも思いません」

「……僕は自分の予知を信じている」
「ええ。予知を信じないことと、その予知を打ち破ってやろうとすることは違います。私はあなたが予知能力で当てるのを見ました。だからあなたにその能力が備わっていることを信じています。でも―――従容とそんな予知に首を垂れたりしません! 私はあなたを守ります。あなたを守るため、全力を尽くします。……その機会を、あなたは私に与えまいとしました。だから殴ったんです」
 イールは何度目かわからないが、この地球人の女性に感服した。
 ……つよい。
 そしてタフだ。
 もうこれは無敵の強さのような気がする。
 めちゃめちゃ強い。


「……君が僕を守るって?」
 口調にあざけりを含ませたが、シズクはしっかりと頷いた。
「はい。あなたが食べるもの、飲むもの、着る物―――すべてに死の危険が潜んでいるというのでしょう? 特にあなたは天然素材を食べる方。古い卵にあたって死ぬかもしれません。呑むジュースのなかにあなたがアレルギーを起こすものが含まれているかもしれません。着る物のなかに、金属が含まれていて転倒した拍子に怪我をなされるかもしれません。私がそれらに気をつけます。それは……私にもできることです」
 ……シズクは正しい。

 イールは頬に当てていた手を下ろし、シズクに触れる。くいと顎をもちあげ、目線をあわせる。
「―――誰から聞いた?」
「キールと……シノンさんからです。―――私、最初はあなたが何か不治のご病気かと……そう思いました。でもキールは、それを否定なされて、あなたがしたという予知を私に教えてくれました」
「シンに聞きにいったのか!?」
 驚いた。あの幼馴染みは、最大級の「近寄りがたさ」を周囲に発散している。無遠慮に話し掛けられない、そういうオーラがあるのだ。
「はい。……シノンはキールに対して同じ事をしています。そして、私にあなたに対して同じ事をさせてください」

 強い意志をひめた瞳は、宝石とはくらべものにならない輝きをはなっている。
 それを見た瞬間―――、イールはふと思った。いや、感じとった。頭で考える思考ではなく、感覚として、物心ついて以来はじめて、シン以外の人間に対して思った。
 美しい、と。

「わたしは―――あなたを死神になどつれていかせはしません!」
 イールは息を吐き出し、首を後ろにかたむけた。
「……僕の予知は外れないよ」
「それでも、やってみないで諦めたくない。……諦めたくないんです……! 私にとって、あなたは、どうしたって諦めることができない人なんですから……っ」

 イールはふと考える。
 ……僕がキールを諦めろと言われたら、どう思うだろう?
 きっと、とても腹が立つにちがいない。『こっちだって諦めようとしたんだ、それを判らず好き勝手なこというな』と、思うに違いない。

 イールは軽く目を閉じ、そしてあけた。
「……愛しているよ、シズク」
「イール……」
「本当に、心からそう思う。君のそのタフさと、真っ直ぐさが、僕はとても好きだ。だから僕は、僕の幸せより君の幸せを願った」
「私の幸せは、あなたにでも決められません。私が決めるものです」
 あまりに潔い断言。
「そして、私は、ここであなたと別れれば、一生後悔するでしょう。―――イールは、それを幸せだと言いますか?」
「……いや、いわないね」
 苦笑をもって、かぶりを振る。

「私はあなたが好きです。だから―――私は、予知など、変えてみせます。……もし変えられなければ、そのときまであなたと一緒にいたい。それは、私の願いです。あなたが私を引き離そうとしても、それは変えられません。だって、私が、私自身があなたの側にいることを望むんですから。……暴力にでも訴えなきゃ私は引き離せませんよ? そして、あなたは女性に暴力なんてふるえる方じゃありません」
 いたずらっぽく笑ってみせる。
 シズクの考えはちょっと間違ってる。
 男女同権のレイオスで育ったイールには、女性だからと暴力をふるうことを躊躇する心はない……のだが。
 弱い者に暴力をふるうことは躊躇する。

「……」
 何も言えなくなってしまったイールに、シズクは微笑みかけた。
「諦めてください。あ―――それからシノンさんからご伝言があったんですけど」
「なにか?」
「その……たまには実の兄のように悪人になってみろ、とか……」
「無茶苦茶いうな……」
 キールは、シンの希望と自分の希望が真っ向からぶつかったとき、相手の希望をねじまげて、自分の意志を通した。
 同じ事をやれと言われても無理だ。―――そう考えかけ、シズクを見つめる。

 同じ事を、やりかけていたのだ。
 シズクは、自分の側にいたいというのに。それが彼女の幸せだという考えにしばられて、自分の希望を押し付けていた。
 あのときキールもまた、それがシンのためと信じて行動したのだろう。イールの、ように。

 イールはふと微笑み、シズクに手を差し出す。
「すまなかった」
「え……」
「……僕もまだ、死にたくなんてない。従容と死を受け入れるよりも、見苦しくともあがくほうがかっこいいかな」
「じゃ、私を無理に引き離したりしませんね!? しようったってついていきますけどっ」
「しないよ」
 くすっと笑って、顔を近づけると、シズクはあたふたと周囲を見回して(なんせ廊下だ)目をとじた。
 キスを楽しんで離すと、シズクは呆けた顔だったが、すぐに不安そうに、
「あの――結婚してくださいますか?」
「君がのぞむなら」

「望みます、望みます、もうミラクルすーぱー望みますっ」
「じゃ、火星で一緒にご両親に挨拶に行こう」
 そこでイールはシズクの顔をのぞきこみ、
「後悔しない?」
「ぜったいしませんねっ」
 にっこり。
「わたくし立花雫は、自分の意志で、イールを愛すると決めたんです。自分で決めた運命に自分でケチつけるのは大馬鹿者だけです。私は、未亡人になる気はさらさらありませんから」

 人生で最大の大勝負を、彼女は勝つ気でいるのだ。
 イールはぶっと吹きだした。

 まったくもう……部外者で、ゲフォルタより遥かに脆弱にできている地球人にこうまで言われては、当事者のゲフォルタとしては引き下がるわけにはいかないではないか。
「わかった。君にのろう」
 瞳をとじて、決意をこめて、言葉をつづる。
「僕は、死なない。生き延びてみせる」

「そうです! 私たちは一緒に幸せになるんです。イールと一緒にしわくちゃになって、その年になっても仲良く一つのテーブルでお茶を飲むのが、私の夢なんですから!
 ふたりで一緒に幸せになろう。

 これまでの人生の中でもとびきりの、大勝負。
 それに、彼はのった。





 お疲れ様でした。

あとがき

 

 

2004 7/11 up

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