目指すは一攫千金、ぼろもうけっ! 十七
ご飯がない。
シズクを送り出した二日後、イールは食料貯蔵庫をながめて、食料品の買出しに行くことにきめた。
一月に一回ほどのペースでキールが送ってくれる「差し入れ」のおかげでイールはほとんど買出しに行くこともなかったが、今回はシズクがいる。
消費量が二倍になれば、それは食料も減るだろう。
わざわざ自然天然もの食料品を扱ってる店を探さずとも、もうすでに頭に入っている。キールからの差し入れだけで生きてきたわけでもないのだし。
今思えば、その店を張られていたのだろう。
レイオス人は、摂れる食料が極めて限られている。ならば誰か同胞を探そうというとき、そういう店舗に張り込むのは当然だった。
襲撃は、店の帰途だった。
通りぬけていく光の先鋭―――予感がして、イールは乗っていたリニアカーから降りた。自動操縦無料運航の車は、イールを下ろしてすぐ走り去っていく。
本来ならば、人の多いところに行くべきなのだろう。ただし、イールはそういう面で、同胞の良心をあまり期待していなかった。
人とゲフォルタはちがう生き物だ。これは事実だ。
そして、地球人は自分とはちがう生き物をいくらでも殺して恥じ入ることない。
―――だから、ゲフォルタもまた地球人をいくらでも殺していい、良心のとがめなど感じる必要がない。そう考えている人々はあまりにも多い。
地球人でははるか大昔の二百年という時間は、ゲフォルタにとってはあまりに短い。
戦争の傷跡は生々しく、まだ人々の意識にくっきりと烙印されていた。
しかし、イールにとってはちがう。
長い間地球人のなかに身をひそめてきた自分は、地球人だから殺していいとは考えられなくなっている。……巻き添えにもしたくない。
危険を察知しても、回避する方法を考えず、むしろ真っ直ぐに突っ込んでいったのだから、これはもう危険に遭遇してあたりまえだった。
……とまあここまで話して、ぽかりと気持ちのいい音が響いた。
「……痛い」
「当たり前だ。どこの世の中にのこのこ罠にかかりにいく奴がいる」
「その時はいい考えだと思ったんだよ。僕はこう見えてもなかなか強いよ? 返り討ちにして逆に口を割らせてしまえばこっちのものだし」
「それはわかってる。が、それでもやっぱり殴りたい」
「……ついさっきまで、死にかけのけが人だった人間をそうほいほい殴らないでくれ」
「シンがお前の全身綺麗に治したぞ。血も移した。つまりお前は昨日の夜中の三時まで仕事に追われていた俺よりずっと健康体だ」
棘のある言葉にイールは少しの間口をつぐんだ。それから恐る恐る、
「……あのー、キール。まさか、シンに手当てされた僕に妬いている、とか……」
兄は腕組みをし、深い吐息をついた。
「あのなあ……。血がどばどば出て片手片足ちぎれてて体中傷だらけのお前を治療できる人間が一体シン以外にいるのか? 地球人の科学でも手遅れだ」
「かといってレイオスに戻るわけにもいかないし、か」
地球人は魔法とよぶだろうレイオス人の精神の力。
治癒の魔法は、生きてさえいれば、どんな傷も治す。
この「生きてさえいれば」というのが実はなかなか複雑だった。
ちょっと医学をかじった人間ならばわかるが、「生」と「死」の境目は論議を呼ぶ材料だ。
昔ならばほとんど議論する必要もなかったのだが、脳が死んだ瞬間を死とするのか(これが現在地球人側の規定する「死」だが)、それとも心臓の止まった瞬間をそうするのかと、論争の種は尽きない。
脳が死んでも体はまだ生きているし(医療器具の助けを必要とするが)、心臓が止まっても、電気ショックなどで再び鼓動を打つ場合もある。
幼馴染みのシンはこうした疑問はそのまま放置せず自ら挑み解決する性格なので、以前試したらしい。
すると―――脳死の場合、実に奇妙な事例となった。
死んだ脳は復元された。ただし、皺がなくなって。
脳は記憶をメモリーしてこそその人の人格すべてを保存する「心」となる。
一度死んだ部分を復元しても、復元されたものは最初の状態になるらしい。パソコンでいう初期化だ。
再生された皮膚が、赤ん坊のごときピンク色をしているのと同じだった。
そして脳死の人間はどうなったかというと―――目覚めなかった。
機能的に何の問題もないはずなのに、目覚めなかったのだ。医療器具をつけなければ数分で死亡する脳死ではなく、植物状態へと移行したが。
では心臓が止まった人間はというと―――こちらは治癒の魔法は効かなかった。
もっとも心臓が止まって一時間たっていたわけだから、完全に死体と化していたが。生き返ったら正真正銘恐怖映画を地でいってたかもしれない。
イールはふと眉間に皺を寄せた。重大なことを聞くのを忘れていたのだ。
体を起こし、兄の瞳を正面から見据える。
冴え冴えと冷え切った声が響いた。
「僕をおそった同胞たちは、どうなった?」
キールは、家族には甘い。
そして甘いということは、傷つける者に容赦がないという事でもある。
キールは予想通りに、肩をすくめてみせた。
「どうなったか? わからないお前でもないだろう?」
イールは目をふせる。
……自分のために命を散らした人々のことを考えると、胸が痛んだ。
「というのは冗談で、生きてるよ」
「え!? あのキールが!? 敵はさっさと殺してから善後策を考えるキールが生かしておいたのか!?」
「……イール、お前な……」
ここで普通の人間なら「なんてひどいことを」と言うのだろうが、あいにくイールの兄はそんな常識的な人間ではなかった。
感心したように言った。
「俺のことよくわかってるなあ」
こういう兄である。
キールがイールの林檎を一つ指でつまみあげ、しゃりしゃり食べながら語った次第は以下のようである。
「殺してもかまわなきゃ殺すけど。状況が状況だろ? 「キール」を殺そうとした相手が三人も逆に死んだら、どう考えても殺したのは俺だ。あいつらがいつ生まれたかはわからない。でも、レイオス人にとっても、百数十年は短くない。俺への恨みは、もう、風化しかかっているんだ。なんせ続報が一切なく、ぷっつり足取りは途切れたままだからな。それでもなお関心を持ち続けるのは、至難の技だ。キール? ああどこかで野垂れ死んでるんじゃないかってあたりが関の山だろ。でもここでキールに殺された死体が出れば、俺への恨みは再燃する。昏倒しただけで、全員生きてるよ」
「そうか……、よかった」
自然に口をついた言葉だったが、キールは不思議そうに弟を見、やれやれと首を振る。
「自分を殺そうとした相手でも、そう言えるのがお前のいいところだな」
「……気が弱いってはっきり言えよ」
「とんでもない。たとえば―――オレやシンは人を殺せる人間だ。実際これまでも結構な数を殺してる」
しゃり。
キールの歯が林檎を噛み砕く大きくもない音が室内にひろがる。
喉の奥にどす黒いものを呑んだ表情で、イールは黙っていた。
「でも、俺はお前より心が強くないよ。たとえば、自分の正義を信じていない。そう言う人間は、何かあるともろい」
「うそつけ」
「へえ?」
「キールが自分の手を汚すときは、自分を殺されかけたときか、家族を傷つけられたときか、……シンのためだけだ。シンのためならいくらでも何人でも人を殺してこれっぽっちも悔いないくせに。たとえ自分を仇と恨む人間が襲い掛かってきても、百万回でも殺せるだろう、キールは。……キールが死んだら、シンはひとりになってしまうから」
あの幼馴染みにも弱点はあるというべきか。シンは精神的にとにかくタフな人間ではあるが、弱点もある。
彼には「理由」が必要なのだ。自分を引き止める理由。ここにいる理由。裏切りを続ける理由。
……その理由に、今はキールがなっている。
もしキールが死んだら、シンは―――きっと、キールがあのとき身を呈して止めなければ突き進んでいた流れに身を投じるだろう。それは、キールにとって虫唾がはしる未来のはずだ。
キールが心底から感心したようにいう。
「イールお前、ほんっと頭は悪くないなあー」
「キールもほんっと人の神経逆撫でする言い方うまいよ」
「ごめんな。……なあイール。お前の予知、ほんとか?」
「本当だよ。―――なんだキール、気にしてたのか。少しはシンに感化されればいいのに」
「愚者の進言を無視するのは君主の器量だが、賢者の讒言を退けるのは、愚行のきわみってな。お前の予知の的中率はすさまじいの一語に尽きる」
イールはまた、言葉をつむげなくなった。沈痛に目をふせる。
……イールの「占い」はたまに外れる。だが意図せずに突然ひらめく予知の、外れたためしはなんと一度もない。
「……本当だよ」
「お前が死んでから俺が死ぬまで、どれくらいの差がある?」
「さあ? わからない。最大でも一週間はあかないだろうけど」
イールも勘は鋭いほうだ。
そのときも、少しばかり不満そうな顔をした兄の内心を正確にあてた。
「……どうせ心中するならシンとがいいって思ったんだろ」
「俺は、あいつを道具にさせる気はない。たとえ本人がそれを認めていてもな。俺が死んであいつがひとりだったら、あいつは道具になる可能性が高い」
冷水を連想させる硬質の口調で言い捨てると、ゆったりと腕組みした。
「そういえば、シズクの話からすると、橘遥の依頼を受けたそうだが?」
「……ちょっと間違ってる。橘遥から借金を回収する依頼を、だよ。あれはさあ……フェイクだったんだよね」
「橘遥の罠だったってことか?」
「ちゃうちゃう」
と手を振って、
「そんな借金そもそもなかったんだ。だから依頼も断った」
「でも、橘遥がお前を殺そうとしたのは事実なんだから借金の残りの百万ぐらい、かっぱらってくればよかったのに」
イールもキールから、橘遥が爆弾の送り主だということは聞いている。
「あんなちゃちな爆弾、橘遥が本気で殺すつもりなら送ってこないさ」
キールは肩をすくめた。……どうやらキールも同じ意見だったらしい。
「じゃ、残りの借金は地道にかせぐのか?」
「そこまで僕はお人よしじゃないよ」
ふう。イールは吐息をつく。
「お前の性格からして、できそうな事というと……爆弾の件で橘遥を脅したのか?」
「脅すなんて人聞きの悪い。死にそうになった補償を請求しただけだよ」
キールは、調査結果のデータをそっくりそのままイールに送っていた。
このデータは当然のこと、証拠能力を保有する。
イールはさらにそのデータを橘遥に転送し、借金の残りの金額を保障として要求していた。
キールがさらっと「払おうか?」と言ったことからみてもわかるように、このクラスの企業のトップにとって、イールが非合法なことでもしなければ手の届かない金額は、こづかいに過ぎない。
「……それは恐喝っていうんじゃないか?」
「爆弾送付は何罪になるのかな?」
「殺人未遂とテロ取締り法違反だな」
「残念。障害罪なら堂々と告訴しないかわりにってことで金請求できるんだけど。ま―――どう返答するかは見ものだね? 一介の市民への殺人未遂。橘遥なら簡単にもみ消せるだろう。でも、それは、僕が僕だけなら、の話だ。僕の兄は、キール。……それはキールが認めてくれたんだよね?」
にこり。
「会社のっとり(take-over)しようにも、キールの会社の規模は橘と互角。なら、大人しくお金を払うんじゃないかなーと思うんだけど」
「お前のなかでは、脅迫はいいのか?」
「補償だって」
恐喝はよくないが、補償はいいのだ。……どこがどう違うんだと言われたら言葉につまるが。
「ま、いいけど。お前が納得できるなら」
キールはそれで、それ以上の詮索をやめてくれた。
「じゃ―――お前の婚約者を呼んでくる」
そういって立ち上がったキールは、妙にもったいつけた挙句、無様に投げ飛ばされた上締め上げられることになるのだが、それはさすがにこのとき想像の彼方にあることだった。
§ § §
シズクはベッドに横になった婚約者を見るなり、こらえていたものを切れるように落涙した。
ことばも出ない様子で、何度もかぶりをふる。
「……泣かないで」
「……よかった」
「うん」
「あなたが、ご無事で……」
「―――おい、シン。キールは一体何を言った?」
シンは優雅に象牙のような肩をすくめ、
「あいつの趣味の悪さは知っているだろう。怪我はもう跡形もないのだからただ単にイールが来たと言えばいいものを、さんざん気をもませる言い方をしたんだ。お前が死んだらどうする? と」
「ほー」
すっと目が細くなるのが自分でもわかった。
「キールめ。あとで一発殴ってやる」
「安心していい。もう既にその子がやった」
「シズクが!?」
「目を疑ったな。キールを投げ飛ばして締め上げて降参させたんだ」
「そ、その……慌てていたので……」
シズクは赤面していい、言葉を消え入らせる。
「へえ……知らなかった。結構強いんだね」
「油断だろうが何だろうが、負けは負けだ。あとでたっぷりそれをネタにからかってやれ」
「うん。誠心誠意そうするよ」
「ああ。誠心誠意そうしてやれ」
気の合う幼馴染みであった。
気を利かせてシンが出て行くと、後にはシズクとイールが残された。
シズクもやっと泣き止み、見上げる。
「……何が起きたんです?」
「ああ……ちょっと厄介事に巻き込まれて」
「橘遥さん……ですか?」
「ではなく」
イールは思いをさまよわせる。
……橘遥の全身から出ていたのは、恋情ではない。
「完全な別口だよ。大体、橘遥は、君を諦めたんじゃないかな」
「ええっ、で、でも」
「うん。橘遥が君に恋をしていたのなら、君を諦めはしないだろうね。でも、そんなことは無い」
「え……っ」
「爆弾が殺傷力を持たないものだったのがその答えだ。普通に考えて、封筒の外からカチカチなる音のする爆弾なんて送りつけてこない。しかも起動は三日後だ。封書をあけても爆発しない。つまり、あれは脅し以外の何ものでもない。実際、普通の人間は、爆弾送りつけられてきたら全身そそけだって、脱兎の勢いで逃げていくものだ」
「脅しが効果なかった時点で、諦めた……んですか?」
「多分。僕が一介の庶民ならそれでも諦めはしなかったんだろうけど―――僕の兄は問題だからね。一庶民を片付けても何の問題にもならないけど、兄はとてつもなく問題になる。たぶん、兄のことを知る以前だったんだろう、爆弾送付は」
「……? でも、じゃあなんでそもそも橘は私なんかを」
「さあね。よくわからない。でも、たぶん、君の家と結びつくことはなにかのメリットがあったんだろうな」
そして、橘遥が諦めた理由も、なんとなくわかる。
シズクには妹がいる。
「キールを敵に回してまで追いかける意味はないってことだ……」
自分がいうのもなんだが、あの実の兄は味方にすればこの上なく頼もしいのだが、敵にまわすとあれほど恐ろしい相手もない。
なんせ、敵にかける容赦なんてさらさら知らない人間である。敵に容赦をかけるぐらいなら、キールはトイレットペーパーで濡れた顔を拭くだろう。そのくらいありえない。
しかも政界につながるパイプの太さは星間企業中随一で、何よりシンがいる。
手段を選ばず相手をつぶそうとしたら、橘遥だとてただではすまないだろう。
「ただ、それでも不審な点は残ってるんだよな……。爆弾が橘遥だとして、他の毒や狙撃もそうなのか。ふたつ、ランディという男が僕に接触し、ありもしない借金の回収を依頼してきたのはなぜか」
シズクは目をしばたかせた。彼女にはひらめくものがあったのだ。
「……あの、ひょっとしたら」
「え?」
「ESP能力研究所では?」
イールはがばりと起き上がった。
しまった―――予想だにしていなかった、完全なるノーマーク!
部屋の隅にある端末に飛びつき、兄を呼ぶ。
「キール!」
五秒ほどの間のあと、迅速にキールの声が響いた。
声だけだ。
「なんだ?」
「僕をこの船に乗せるとき、探査したか!?」
乗り降りするさい、たとえシンやキール本人であろうと、盗聴器やその他発信機などの電子機器を持ち込んでいないか全身探査される。近頃の発信機や盗聴器は、本人の自覚もなしに米粒ほどの大きさで性能を発揮するのだ。
少しの間のあと、冷えた声の返答があった。
「……していない」
キールは、窮地に追い詰められれば追い詰められるほど、冷静になる。敵にまわしたらまことに厄介な相手である。
「すぐやってくれ」
「今いく」
声が途切れる。
一分後、扉が開いた。
全身探査をすると、……出た。
発信機盗聴器……そしてESP能力探知機。
イールは死に掛けだったのだ。シンとキールがチェックを怠ったのも仕方のない事だろう。滅多にない、ふたりのミスだった。
「シズクの考えが正しかったな」
「お前の噂はかなり広範囲に浸透しているからな。どんな厳重なセキュリティもかいくぐって、すぐさま望みのものを盗み出せる―――……。しかも依頼人の嘘を、どれほど巧妙に演技しても見抜く」
超能力者と疑うのも無理はないだろう。実際イールは依頼人に大抵そう聞かれる。ちがいますよと濁りのない笑顔で返事しているが。
ふと気づくと、少し離れたところに立っているシズクが呆けたような、変な顔をしていた。
「……シズク?」
「……あ、すみません。ちょっと……驚いて」
何がと思ったが、次の一言で納得した。
「ほんとう、よく似てますね……。そうして並んでお話していると、独特の雰囲気があります」
その手のことはよく言われた。
キールと自分は良く似ている。似すぎていて……、並んでいると、「なんだか入り込めない雰囲気がある」と。
「キール。……僕を助けるとき、シンは」
シンがイールを助けたとき、瀕死の重傷だったはずである。すぐにどこかへ運び込むか、すぐに治療するか……どちらをとったにせよ、「魔法」を使ったことは間違いない。
キールはふっと、口元だけで笑って魅せた。
そう、魅せたのだ。行き過ぎる春の冷風のように、優しくも残酷な笑み。
「……大丈夫」
その一言を聞いた瞬間、イールはこの件が終わったことを知った。
前後の状況からして、シンはイールを地球人のいうESPで助けたのだろう。レイオス人の魔法は、地球人にとっては超能力とよばれる。そして、実験でもそれにちかい波形を示す。
そしてESP・PK能力者保持者だとわかれば―――シンはただでは済まない。
大企業としては、大幅なイメージダウンだ。不買行動も起こるかもしれない。
そして、シンに関わることならば、キールは率先して動く。全滅させることも忌避すまい。……というかこの兄のことだ。綺麗さっぱり全滅させるだろう。
研究所は連邦の直轄機関だが、キールにかかれば遅かれ早かれつぶされることだろう。
同情を感じながら、イールは心の中でアーメンと十字をきり、冥福を祈った。
シンに関わる末端の尻尾をとらえてしまったことで、彼らの運命は決まった。
「成る程ね。僕が超能力者かどうか知るには、体にESP探知機をつけて、その波形を出させる状況をつくるのが一番だ。それでニセの依頼をしたわけか―――。嘘を嘘とわかるには、普通ならテレパス能力が必要だし、仕事の現場をとらえられれば最高だ」
「……なまじ目端がきくと、不幸だな」
静かなだけに、その内面を知る者にとってはぞっとする声でキールは言ったが、イールもまったくもって同感だった。
機械の大きさからして、受信半径はせいぜい千キロ未満。シンがイールを抱えて移動した後は受信できたはずもないが、それだけで充分だった。彼らは「海老で鯛をつる」ことに成功したわけだ。犬も歩けば棒にあたるかもしれないが。
ただし、それゆえに、悲惨だった。
§ § §
キールとシンが暮らしているのは宇宙船である。小型ではあるが、金の掛け方は半端ではない。それに小型といっても宇宙船としてなので、居住部分だけでもざっと地上の豪邸ほどもある。
擬似重力もあるし、大気は調整されている。不意の船外活動にあわせて、大気は純粋酸素に近い。完全な純粋酸素だとそれはそれで地球人の体に不調がでるので多少は窒素を含んでいるが。(地球と同一成分の空気を吸っていた人間が即座に宇宙空間に出ることは致命的である)。
酸素成分が多い分、老化は早いし、火事の危険にもさらされるが、レイオス人にとって前者は無視してもかまわないものだし、火事は十全に対策をしてある。この船にはライターもマッチも存在しない。わずかな火花が即刻火災につながる空間である。よってここに来た人間は禁煙を余儀なくされる。居住者も、たまにくるその身内も嫌煙者なので問題はないが。ちなみに料理はわざわざ空間を仕切った部屋で行っている。
ティーラウンジ(というものがこの船にはあるんである。以前、客をのせていた名残だろう)にて、シズクと一緒にお茶を飲む。
ラウンジのテーブルにはカップをはめる穴があり、手に持っていないときはテーブルの上というより中にすっぽり入れるようになっている。この宇宙船はほとんど揺れないが、それは宇宙船としての話だ。地上に比べれば揺れる。
自動調理器からでてくるとはいえ、ここのは材料も味も最高である。少なくとも、イールていどの舌では人間が淹れたものと区別がつかない。……しばしば機械のほうが下手な人間よりはるかにうまく淹れられるものだし。
それに、アレルギーの心配なく口をつけられる。
ティーラウンジは一面がスクリーンになっており、どんな画像もうつせるが、今は沈黙し、外の風景を映し出していた。
宇宙空間には、黒と、ほんのわずかな白しかない。無限の奥行きは、反面のっぺりした子どもの絵画のようにも見える。距離感を出すための小道具が一切ないのだから。
孤独感を身にしみいらせるとする人もいれば、自由を表しているという人もいる。好き嫌いが分かれる風景だが、イールはわりと好きだった。
そんなわけでゆったりとくつろいで久しぶりのお茶を味わっていたが、シズクの目線に気づいて顔をあげた。
にっこにっこにっこにっこ。
シズクは満面の笑みを浮かべていた。
「……シズク?」
喜色満面のシズクはいいはなつ。
「やあっぱりイールが一番です! 素敵です!」
「……キミ、趣味変わってるってよく言われない?」
あのキールを知ってなおイールの方が良いと言ってくれるのは、あんまりいない。
「だってあの人、腹黒いじゃないですか」
「まあ、それは事実だ」
「私は腹黒くない人がいいです。あなたのように、何の得にもならないのに誰かを助けて貧乏籤ばっかりひいてる人がいいです。たとえ損をしても、自分の正しさを守れる人が好きです。イールがこの世でいちばん大好きなんです」
イールは苦笑した。
地球人であるシズクの感情はまるで直に手でつかめるようによくわかる。シズクは嘘を何もついてない。イールに会えてうれしい。イールが大好き。自分の感情をありのまま、率直にぶつけていた。
かりこり。
イールは頭をかく。
ほんのり頬を染めながら唇をひらいたとき―――
「イールさま、至急通信室までおいでください」
上品な女性の声が、割って入った。
この船の管理コンピュータだ。
イールは歩き出し、体をひねって振り返り、彼女にいう。
「シズクもおいで。たぶん相手は―――橘遥だから」
その通りだった。
通信スクリーンの前で、キールがイールを呼ぶ。すぐに意図に気づいて、イールはキールの隣に立った。
「こんにちは」
「……なんとまあ……本当にそっくりだな」
「一卵性ですから、それはそっくりになりますよ」
「一卵性でも、キミ達ほどそっくりにはなれないと思うがね」
含みのある言葉だった。
しかしイールがそれに切り返すより先に、キールが唇を開いていた。
「橘遥。被害者である弟は、俺より遥かに人がいい。あんたの犯罪を握りつぶしてやるって話だけど、俺はもう一つ条件を付け加えたい。立花雫はあきらめろ。今後手を出すことは許さない」
「わかった。二度と彼女には関わらない」
すんなり橘遥は頷いてみせた。そのぐらいの譲歩は必要だと踏んでいたのだろう。
橘遥は、イールの方を見て微笑んでみせた。
「……金は指定の口座にすでに振り込んだよ。これで満足かな?」
「そうですね。―――これで彼女を救うことができるのですから、満足ですよ」
「彼女との結婚を認めてもらえるから、ではなく?」
イールは肩をすくめた。
「ところで、一つどうしてもわからない事があるんです。あなたが彼女との結婚に執着した理由は何ですか?」
「大まかなところは気づいているだろう?」
「……彼女の遺伝子ですか」
「はっきり言えばそうだ。彼女は、立花家は、潜在的な超能力者だ」
イールはとっさに横目で彼女をうかがったが、通信スクリーンの範囲外に立っている彼女は平静だった。
おそらく知っていたのだろう。
イールは橘遥に目を戻し、問い掛ける。
「……超能力者が被差別者である現状で?」
「彼女の家系の能力は、検査では発覚しない」
シズクもそう言っていた―――。
「検査でわからない異能力ならば、手に入れる価値は充分にある」
「ええ―――わかります」
たとえば同じ様に検査にひっかからないイールの能力を悪用すれば、いかに様々なことができるか。
シズクに距離制限があるといったのは嘘で、実際にはイールの腕は同じ惑星のどこにでも伸ばせる。完璧なアリバイを持ちつつ、殺人を行えるのだ。
そしてシズクも―――ギャンブルで100万かせぐと言うのは簡単だが、実際はそんな人間滅多にいない。100万ギャンブルでする人間はざらにいるが、100万稼ぐ人間は、ほとんどいないのだ。
確信に近い、勘。そしてその勘を信じられる人間でなければ、そんなことはできない。
言うのは簡単だが、100回のテストを100回とも正答すれば、それは超能力に近い。
橘遥はその男性的な容姿を微笑ませる。
「安心していい。私は、すでに彼女はあきらめた。分が悪すぎる」
それはそうだろう―――キールを敵にまわすのは嫌なはずだ。
通信を切ると、ため息がでた。
結局、何からなにまで兄の威光に頼りきりか。
「よかったですねっ!」
下を見ると、シズクが腕にはりついていた。
満面の笑みで見上げてくる。
「橘さんも私を諦めてくださって、お金も期限内に用意できました。あとは……イールを付けねらうESP能力研究所だけですね」
「ああ―――それなら問題ないよ。キール、もう手は打っただろ?」
キールは当然という様に顔を傾け、唇に笑みを刻ませる。
「誰に聞いてる?」
「あとどのぐらいで僕にちょっかいかけるだけの力がなくなりそう?」
「そうだな……あと一月ぐらいで跡形もなく消えるな」
「思ったより時間かかるね」
「連邦の正式な施設だからな。手荒な手段を使うと後々後難を残す」
「わかった」
ふと気づくと、シズクは茫然としていた。
「……あの、消えるって」
「文字通り。政界から圧力かけて、『つぶす』んだよ」
「あの、あの、でも、そんなことが」
言いたいことはよくわかる。
本当にそんなことができるんですか―――。
……でも、できちゃうのが世の中だ。
「人間平等といいつつ、平等でないのがこの世の中だよ」
そう、キールと自分が平等でないように。
シズクはまだなおも何か言いたげだったが、今言っても始まらないことぐらいはわかったのだろう。
イールはそんな彼女に微笑みかけた。
「シズク。―――聞いてほしい話がある」
「……はい? なんでしょう?」
「シズクに与えられた部屋、どこかな?」
「E-1ブロックです」
ふたりでその部屋に行き、背後でシャッと扉が閉まるのと同時に切り出した。
「500万、用意できた」
「はい」
いよいよイールから正式に結婚を申し込まれると思ったのだろう。少し緊張した面持ちだった。
「君は、もう自由だよ」
「……え?」
「無理矢理結婚させられることもない。家族を捨てる必要もない。自分で自由に生きていける」
「あ、あの!?」
「この船から下りたら、君はどこへでも歩いていける」
「何を言ってるんですか!? 私はあなたと一緒に―――!!」
「僕は、もうすぐ死ぬ」
ガンっと木槌で殴られたように、彼女の動きが、止まった。
イールはゆっくりと、平静な口調を心がけながら、言う。
「つい昨日のことだ。―――僕は死にかけた。黄泉へのとば口がはっきり見えたぐらいに、死に近い場所にいた」
「……ご健康に、見えますけど……」
「シンが助けてくれた。―――金の力は偉大だね」
そう言えば、相手は勝手に誤解してくれる。イールは嘘はついてない。ただ思わせぶりな一言を言っただけだ。
「死んでいくなか、思った。なんて自分は馬鹿だったんだろうってね」
「え……?」
「誰かの一番でなくとも、僕が死ねば、キールもシンもナギも悲しむだろう。悲しんでくれるだろう。それで充分だと思った。―――まだ君に話してはいなかったけど、僕が君を助けようとした理由が、ひとつある」
「なん……ですか」
声に抑揚はなかった。まるで一晩おいた蕎麦麺のように、ところどころがぶつ切れていた。
僕はそんな彼女の瞳を見据え、一息に言った。
「僕が死んだとき、ひとりぐらい僕のことを一番に思い、嘆き悲しんでくれる人が欲しかった」
「―――」
「だから君を助けた。だから……金策に奔走もした。でも、それは僕の、エゴだ」
「え……?」
細く、華奢な全身を震わせる。
「僕は君の存在で救われるだろう。でも、君は? 僕がこのまま君と婚姻届を出しても、僕は遠からずいなくなる。どう転んでも、君のためにはならない」
「ふ―――ふざけないでくださいっ!」
「ふざけてないよ」
「あなたが、死ぬ? どうしてそんなことを―――」
「どうしてって……それが事実だから」
「事実だとしても、私はあなたの側にいます! あなたがもうすぐ亡くなるとしたら、尚更います!」
「……君はそう言うだろうとおもったよ」
イールは、不思議な微笑を浮かべた。
慈愛のような慈悲のような絶望のような諦めのような。
「でも、君は、そうされる僕の気持ちを考えたことはあるのか?」
言葉は矢よりもするどく彼女の胸につきたった。
言葉もいえない様子の彼女に罪悪感がわき起こったが、うつむき、かぶりを振る。
「……君を愛している。だから、幸せになってほしい」
「イール……」
「僕は自分が愛されていることに、気づいてなかった。だから君を僕の側に縛りつけたかった。でも、死にかけたとき、気づいた。僕は愛されていた事。心は満ち、僕は自分の幸せより君の幸せを望める。このまま婚姻届をだし、君を僕の側に縛り付けたら、君は確実に不幸になる。それ見たことか。そう言われるだろう」
シズクがイールと結婚することを許していない彼女の母は、イールの死後戻ってきた彼女にかならずそう声をかけ、あざけるだろう。
「で、でも―――私はそれでもあなたに―――!」
「シズク。僕の気持ちも考えて」
(……血かな)
舌に杭を打たれた様子の彼女を見て、イールはふと思う。
いざとなれば、人を傷つける言葉がすらすら出てくるあたりは困りものだ。
イールは彼女の両肩に手をかけ、瞳をのぞきこむ。シズクの眼はうるんでいた。
「……キールに言って、君を下ろしてくれるよう頼む。君の家に、500万渡しにいくのには、僕もつきあう。それで……、お別れだ。君は、幸せになるんだ。いいね?」
―――僕は幸せになれないけれど。
イールは立ち上がると、背を向けた。
引きとめはかからなかった。
2004 7/10 up