目指すは一攫千金、ぼろもうけっ! 十六

 

 




 この人工の空間には、昼夜が設定されている。夜とされた時間には、きちんと照明が落とされて暗くなり、昼には明るくなる。
「一体何を望んでいるの?」
 自分で自分に問い掛ける。いったいおまえは何を望んでいるの?
 あの人を得ることだったら、すでに得た。お前はもう、あの人の婚約者だ。けれど……
 あの人の心は、いまだに……。

 ガラスに手をあて吐息をつくと、声がかけられた。
「シズク」
「……キールさん」
 振り返ると、キールは一瞬ほほえみ、極めつけに不吉なことを聞いてきた。

「きみは、イールが死んだらどうする?」
 死んだら?
 ──駄目だ。耐えられそうもない。想像だけでぞっとした。

「……わかりません」
「イールがきみを嫌いだといったら?」
「あの人は私に好意を抱いています」
「人の心は変わるよ。イールがきみを嫌いだといったら?」
「……わかりません」
「イールから俺に乗り換える気は?」
「空気中の素粒子ほどもありません」
「今きみはひょっとして弟の恋人に俺がいつもこんな風にちょっかいを出しているのかって思った?」
「かなり」
「誓って言うけど、そんなことをしたことはないよ。シン以外の他人に興味、ないし」
 屈託のない、満面の笑み。
 ……そら恐ろしいものを感じてしまったのは、何故だろう?

 シズクはゆっくり言葉をつづる。
「好きな相手に甘く、それ以外には冷たい──そういうのは人間の特質で、誰もが持っていますけど……」
 顔をあげざまの一瞬の目線でキールを射抜いた。
「あなたは、もっともそれが極端なタイプですね?」
「ご名答」
 ぱちぱちと手をたたいた。
「あなたのような生き方は誰もが一度はあこがれますが、なかなかあなたのようにはなれません。普通の人には良心というものがあります。他人のことなんか知るかと思っていても、目の前で懇願されれば断りにくいものですし、利用して使い捨てようとしても、そうもなれません」

「そうだね」
「……今しがたの質問は、ひょっとして……あの方に、何か、あったのですか?」
 キールはシズクと目をあわせる。身長差のかなりあるふたりだ。目線は、斜めの橋をつくりだす。
 キールは口元に微笑をうかべていた。……気に入らない。
 相手の反応を試し、嬲る表情。
「そうだ―――と言ったら?」

 シズクは体を沈めた。
 一瞬目標を見失ったキールの目線がさまよう。それが下を向く前に、シズクは肩からキールの体にぶつかっていた。
 突然のこの攻撃にキールはバランスをくずす。それでも体重差がありすぎる。よろめくだけで倒れはしない。
 しかしよろめいた体は「倒れまいとする」ことに集中する。その隙をついて、シズクはキールの腕をとってあざやかに投げ飛ばしていた。

 即座にとびかかり、襟首をしめあげる。
「―――私は深窓の令嬢ですが、弱くはありません。答えてください! あの人に何がありました!?」
 シズクの瞳は獲物にとびかからんとする豹のように爛々と輝いていた。コンタクトが取れていれば、金色に光る瞳は猫科の猛獣そのものだっただろう。
 喉元をしめあげられた状態で、キールは微笑んだ。瞳にはまぎれもない賞賛がある。

 第三者の声が、割り込んだ。
「油断しすぎなのは確かだが、お嬢さんの腕前もたしかだな。正直、目を疑った」
 シズクは振り返りもしなかった。
 この船にいる、もうひとりの居住者は決まっている。
 無視して締め上げた。
「キールさん、答えてください! イールに、イールに何があったんですか!?」
 キールの首は太くて本来なら女の細腕でどうにかなるものではないが、シズクは正しい方法で締め上げていた。正確に血の道と気道をふさがれている。
 苦しさにキールはしわがれ声で助けをもとめる。
「……シン助けて……」
「ふざけるな、お前が悪い」
 斬って捨てるような口調。シズクがおもわずキールに同情してしまったほど、容赦のないものだった。
 同居人にも見捨てられ、キールは手で床を叩く。
 「降参」を示す仕草に、シズクも手の力をぬいた。

 げほげほげほ。
「……イールはどうしたんですか!?」
 咳き込む彼に尋ねると、キールは息を整えてから背中をさすった。
「油断していたのは確かだけど、あー背中痛い。とっさに受身とらなきゃ全身打撲だぞこれ……」
「自業自得だ、ばか。私がどうにかなってその情報を知ってる相手に同じ態度をとられたら、お前は一体どうする? 彼女と同種の、彼女よりはるかに手段を選ばない方法で吐かせようとするだろうが」
 眉をあげたキールに、苛立ったシズクが叫ぶ。
「イールは!?」
「生きてるよ」
 ぱあっとシズクの顔がかがやき、肩から力がぬけたがすぐに曇る。
「あの、お体の様子は……」
「……それはもちろん俺についてじゃなくてイールについてなんだろうね」
「もちろんです」
 がくりとキールは首を折った。

 そこに明らかに面白がっているシノンの声がかかる。
「初めて見たな、お前が誰かにやりこめられるのは」
「……誉め言葉なのか、それは」
「私が誰かに与えるなかで、最上の誉め言葉だが? ……お嬢さん手をどうぞ?」
 全人類を魅了することも可能な微笑みとともに差し出された手は、あきらかにシズクに対して向けられていた。
「……。ありがとうございます」
 少しの間のあと礼をのべ、その手をとりキールの上から立ち上がる。

 シズクにとってはさきほどの微笑も、綺麗だという以上の意味はない。
 ひたと見上げて言った。
「貴方は……イールの身に何が起きたか、ご存知ですか?」
「知っている。この馬鹿があなたに余計な心労をかけるようなもったいぶった言い方をしてすまなかった」
「イールに何が……」
「ついてくるといい」

 小型とはいえ、宇宙をとぶ船だ。
 その内部はとてつもなく広く、シズクに移動が許可されているのは居住区の一部にすぎない。
 シノンについて歩きながら、シズクは横目で彼をうかがう。
 ―――なんていう美貌。
 青い月のようだった。

 心にしっかりとしたものを抱いていなければ、そのまま吸い寄せられてしまうだろう。月の引力につかまって、破滅するだけとわかりながらも離れられなくなる。
 心に、色あせない宝石を持っている人間だけが、シノンに魅せられない。
 美しい。
 美もここまで極まると、何にも勝る力となる。誰も彼を無視できず、多くの人間が彼の一挙一動に夢遊病のように従うだろう。社交界で、まるで伝説のようになっているのもうなずけた。

「……シノンは……」
「なんだ?」
「そのお顔は整形ですか? 天然ですか?」
「天然だ」
「じゃ……さぞかし生きづらかったでしょう」
 シノンはふと微笑んだ。
「イールは女の好みは意外といい」

「あなたは、おもてになられましたでしょう?」
「ああ」
 当然、と言わんばかりのしぐさ。
「じゃ、なぜですか?」
「……?」
「なんであのキールをお選びになったんですか?」
「愛しているからだ」
 さらり、と。
 軽い一言ではあったけれども、それはその他のどんな理由もいらない一言だった。

 愛、か。
 少し前まではわからなかった事も、今ならわかる。
 少なくとも―――イールに何かあったと聞いたとき、心臓が潰れそうだった。彼が無事だと聞いて、全身から力がぬけた。
 そういうものを、愛と呼ぶのだろう。


     § § §


 イールが目覚めたとき、真っ先に目にはいったのは自分と同じ顔の最愛の人間だった。
 彼はイールが見つめる前で、すうっと息を吸い込み―――
「馬鹿かおまえは!」

 怒鳴りつける声に、イールは首をすくめた。
「……だって」
「だってもなにもあるかこのど馬鹿! 歴史に残る超絶どあほう! この……!」
 怒りが極まって言葉もない様子で、イールの肩を揺さぶる。
 がくがくゆすられて、脳がゆれる。非常に居心地が悪い。
「シンがいなきゃ、今ごろお前っ、お前っ!」
 あれほど口の滑らかな兄が、高ぶる感情のあまり言葉もない。
 心配させて悪いなあ。──そう思いつつも、うれしいと思ってしまう。ただ、揺さぶるのはやめてほしい。がくがく。

「シンがおまえを助けなきゃ、お前は今ごろ生ごみ処理機にかけられてカラッカラのひき肉になってたぞ!」
 がくがくがく。
「……どうしてシンは僕の状態がわかったんだろうねぇ……?」
「警告しにきたのはお前だろうが。当然シンはお前の体にしかるべき処置をしておいたんだよ! お前が死にかけたらわかるように!」
 がくがくがくがくがくがくがく。
「……き、キール。いくら傷は治ってるっていっても血は足りないんだからもっとそっと……」

「血も足りてるはずだ。シンが俺の体からお前に移した」
 断言されて、言葉もない。
 キールはやっと気がすんだようで、イールの肩から手を離して距離をあける。
「双子でよかったよな。適合するかどうかの血液検査の必要なく右から左へ移せるんだから」
「……キール、変な病気もらってないだろうね」
「半年に一回精密検査受けてる」
「ところで──シズクは?」
 目がさめて、いの一番に目に入った相手は兄だった。これはちょっとおかしい。
 シンが自分を助けたのなら、シンのもとにはいまシズクも行ってるはずだ。
 そして彼女の性格からして、自分が目覚めるまでずっとつきっきりでいるぐらいはしそうだった。
 シンがいないのは仕事だから仕方ないいとしても、シズクは?

 キールはこの質問に、素っ気無く答えた。
「お前の婚約者には知らせてない」
「……何故?」
「いろいろ俺が、お前に聞かなきゃいけないことがあったからだよ」
 はき捨てるように言って、キールは丸イスを引いて枕元におくと、どっかと座った。
「お前を狙ったのは俺関係か?」
「レイオスの、キール関係だね。僕とキールを勘違いしてた」
「それにしたってお前がやられたのか?」
「危険がわかったところで、対処できなきゃ意味がないだろ?」
「何人でやられた?」
「三人。……一対三で、三人とも僕と互角ぐらい。それじゃ抵抗もできず殺されるしかないだろ?」
 キールがぽかりとイールの頭をなぐった。
「……んっ痛いな!」
「あたりまえだ。痛くした。お前な──ひょっとしてお前が死ねば俺が自由の身にとか思わなかったか?」
「思わなかったよ」
 なんでもない顔で平然とうそがつけるのが大人の資格ならば、イールは確かに大人だった。

「第一、思っても関係ないだろう。たとえ生きようと努力しても、あの状況じゃ殺されるしかない」
 ぽかり。
「……自分と同じ顔なんだから、そうほいほい殴るなよ」
「自分の顔は自分じゃ見えない」
 断言し、キールは鼻を鳴らした。
「お前が同じ顔だって言われても、ピンとこない。他人同士が同じ顔ならそっくりだって思えるんだろうけど、言われる本人だと駄目だな」
「まったく、同感ですよお兄様」
「お前に兄って言われてもなあー」
「じゃ、お父様」
「それは却下する」
 即座に返答し、キールは口調をあらためた。

「どうしてお前は自分で自分を大切にしないんだ?」
「……大切にしていないように見えるかな?」
「激しく見えるね。レイオスでも、こっちでも、お前は出世しようと思えばいくらでもできる立場にいるくせに──」
「兄の七光りを利用するのは嫌いなんだ」
「と、口では言うくせに、自分の力で何かを勝ち取るのも嫌いときてる」
「……買いかぶりだよ。僕は実の兄とちがって凡人なんだ」
「『お兄様』を甘く見るなよ? お前がどういう生き方してきたのかぐらい微に入り細に入り知ってる」
「キールのばーか」
 ずっと、はるか昔になった子供のころを思わせる言葉をつかった弟に、キールも応じて言った。
「イールのあーほ」

「シズクの感想はどうかな?」
「いい意味でお前が思っている彼女とは違うタイプだと思う」
「どういう意味? 彼女は地球人だから、僕にうそはつけないよ?」
「うそはついてない。強いて言うなら人間の別面だな。お前に見せているのは彼女のほんっとーに特別な一面に過ぎないってこと」
「あーなるほど。……で、キールの彼女の評価は?」
「手加減なしの激辛評価でもよければ」
「どうぞ?」
「頭はいい。頭の使い方もまあまあ。お前にほれているのもホントだな。あのシンに対して人間顔じゃないって言えた初めての人間だ」

 イールは一瞬沈黙し、まるで怯えたように恐る恐る言った。
「…………『あの』、シンを見てそういえたわけ?」
「言った言った。心底感心したな、あのときは」
「うわー。で、キールを見た感想は?」
「顔がそっくりなだけで中身は月とすっぽん。……だってさ。言っとくけど月がお前だからな」
 ……ぽかんとした顔の弟をキールは面白そうに見やる。

「なんだ? ちょっとは想像していたのか? 彼女が俺だのシンだのによろめく可能性」
「ちょっと……というか、かなりかな? そうなってもおかしくないとは思ってた。僕とキールをくらべてキールがすっぽんねぇ……。一体どの辺を見てそう言ったんだ?」
「いろんなところ、じゃないか? ま、お前が思っている以上に、お前が自分で自分を知る以上に、彼女はお前をよく知っているよ。それは確かだな」
「僕が僕を知る以上に……?」
「そうだよ」
「そんなこと、あるはずがない」
「じゃあ言い換えよう。お前の一部分について、彼女はお前以上によく知ってるよ。その価値もな」
「どこだよそれは?」
「どこってそりゃあ……」
 言いかけてとまる。
「……やめとこう。ところで」
 そこまでキールが言った時点で、ようやくイールはあることに気づいて跳ね起きた。

「シンはっ!?」
「え?」
「僕を助けて―――レイオス関係の人間にシンのことがばれたんじゃないだろうねっ!?」
 シンはキールとちがって、死んだことになっている。少なくとも大多数の民衆はそれを信じているはずだ。

「ああ、大丈夫大丈夫。それは」
「でも……」
「平気平気。大体俺がシンの身を危険にさらすはずないだろ。たとえお前のためでも」
 冷酷無惨な言葉だが、むしろほっとしてイールは体を寝台に沈めた。

「……キールはあいかわらずシン至上主義で、嬉しいよ」
「あたりまえだろ? ほれ」
 キールが背後に置いていた、林檎を差し出す。すでに皮がむかれている。
 他人の家なら遠慮するところだけれど、ここのは大丈夫、気にしなくていい。
 すんなり受け取って口をつけた。

 あの場に置き忘れた腕は、シンが拾い上げてつなげてくれたらしい。一ミリグラムの誤差無く腕は動いた。
「お前の予言ってこのことか?」
「わからない」
 正直に答えてかぶりをふる。
 そのときは真実だったが、すぐに理解した。あれ、とこれは無関係だ。予知で見た……イールの死体はひとつの欠損もなかった。地球人のようにはレイオス人は死体を大事にしない。ばらばらになった体を繋ぎ合わせたりはしないのだ。
 つまり死体のイールが五体満足だったということはイコール死ぬときも五体満足であったということ。イールの腕は肩から切断されていた……予知とは別だ。

「キール、いいこと教えようか?」
「情報料はなんだ?」
 話が早いのはまことにけっこう。
「シズクの将来の保障」
「了解、手配しておこう―――早急に。お前の予知では俺ももうじき死ぬそうだから。で、情報は?」
「死に際、予知を見た。僕がまず死ぬ。キールはそれからだ。だから僕が死なないうちは、キールは安心していい」
「……了解。情報料には色をつけよう、いい情報だ」

 イールは顔を横にし、室内を見渡した。
 一見高価に見えないたいへん高価な調度品が、さりげなく置かれている。調度品の圧迫感はなく、住む人間に心地よいようにセンスよく。
 心のうちは不思議に平らかで、しずかで、心地よい。揺られるまま海にたゆたっているような、凪いだ海のような心だ。
「自分はもう死ぬんだ―――って確信抱いたのに、生きて戻れるとは思わなかった」
 キールは黙っていた。イールがこれから何を言おうとしているのか、薄々勘付いたと見える。
 ―――まったくこの兄ときたら……。
 勘のよさが人間離れしてる。

 気づかれているんじゃないか―――。
 そう思ったことは何度もあった。キールが言葉の端々に見せたというわけじゃない。態度のどこかに匂わせたわけでもない。キールが故郷で、特別な能力を持つ者として崇められていたから。だからイールはそう思った。
 キールはそれを確信に変えるような隙も暇も与えてくれなかったけれど、疑惑はたゆたっていた。
「シンは、僕の気持ちを知っているかな?」
 考えた末に、選んだのはそんな逃げの入った台詞だった。
 そしてキールはあっさりと、イールに確信となる材料を与えた。
「いいや、気づいてないよ。お前は見事に自分を律して、あいつにたいして不快げな態度も反発も見せることなかったから」

 イールは息を吐き出した。
 やっぱり―――。
 自分でも、不思議なほどに、ショックは少なかった。もう何十年も抱いてきた疑惑が、やっと確信に変わった。
「キールはそれをシンに―――言うはずないか」
「そう、言うはずがない。俺はお前にだって、知らぬふりをつきとおしただろ? お前が確認してこなければ、俺は一生それを誰にも言う気はなかったし、誰に問い詰められても言う気はなかった」
 キールの口の堅さは、本当に筋金入りだ。キールに対して激辛口のシンですら評価していた。
 キールは立ち上がると、少し離れて壁にもたれかかった。

 にやりとする口元には、優しい笑みがある。
「お前、俺と寝たい?」
「……いや、ぜんぜん」
「それは良かった。じゃ、眺めていれば満足か?」
「……僕はキールがしあわせであれば満足だよ。気取った見栄でもプライドでもなく、本心からそう思う。キールがしあわせであればいい」
「……俺が言うのもなんだけど……、お前、趣味悪いって言われない?」
 イールは思わず笑った。数秒笑って、首を傾けて聞く。

「キール、生まれてきて良かったと思える?」
「ああ」
「シンがいるから?」
「ああ」
「今幸せ?」
「ああ」
 イールは目をふせる。
 確りした声で言った。
「良かった」

「俺はお前を弟としてしか愛せないよ。逆にいうなら弟として愛している」
「わかってるよ。キールは、家族とシンにだけは甘いからね」
 期待していなかった―――というのに微妙にがっかりした感があるのは、やはり心のどこかで期待してしまっていたせいだろう。
「俺はお前を誇りに思うよ。シンはめちゃくちゃ鋭いんだ。隠し続けるのは並じゃできない。少しもかけらほども態度に出さずにいなければ、あいつは絶対気づいただろう。―――気づかせずにいてくれて、ありがとう」
 イールは声もなく笑う。
 イールの気持ちを知ればシンは多少は悩むだろう。あくまで多少は、だが。譲ってくれるとか身を引くとかいう選択肢を選ぶ可能性はさらさら無いが。たとえそうは見えなくとも、シンはキールを……愛しているのだから。

「それで―――突然言う気になったのはなんでだ?」
「言うだけ言っておこうかと。僕はキールがばかでもちょんでもシンを愛していても、一生ずっと愛していると」
 キールの眼が丸くなる。
「……お前、俺が言うのもなんだけど、趣味悪すぎるぞ」
 キールは自分でも冷血漢で極悪非道であることを正確に自覚しているのだろう。だからこんな台詞が出てくるのだ。
 イールは微笑んだ。投げやりで、苦く、自嘲のまじった……印象に強く残る笑顔だった。
「いいよ、僕はキールは手段を選ばない人非人であると知っているけど、愛想をつかすことができなかった。百年経っても気持ちは変わらなかった。死に掛けてるときでも考えるのは結局キールのことばかりだった。キールがシンを愛していても関係ないよ。僕が、キールを愛しているんだから。だからといってシンに対して嫌がらせする気はないから安心して。ただ……そう、ただ単に愛しているんだ。路傍の石ころが向ける愛のように、キールは気にする必要はなにもない。忘れてもいい。それは、キールにとって何の意味もない愛だから」

 キールは寄りかかっていた壁から体をおこし、寝台のイールに近づく。そして背筋をのばすと腕組みして首をかしげて真顔で聞いた。
「俺なんかの、一体どこがそれほど良い?」
「僕が知りたいね。―――ま、気にすることはないよ。僕はもうじき死ぬし、キールに迷惑かける気もまるでないから」
 キールは鼻をならし、別の話に切り替えた。

「この半年で、殺されかけたのは一体何回だ?」
「狙撃が一回、毒が一回、爆弾一回、今回のが一回」
「……恨み買いすぎだぞ」
「最後の一回はキールのせいだろう」
「狙撃はお前の依頼人で、毒と爆弾は橘で、今回のはレイオス人か? ばらばらだな」
「あ、爆弾はともかく毒はわからない」
「了解、誰がやったか不明が一回と。……狙撃もこうなってくると、本当に依頼人の仕業なのか疑問だな。お前、確かめてないんだろう?」
 イールは記憶をさぐる。―――確かに。

半年でそれだけってのは、異常だぞ。お前の性格からして人に恨みをかうようなことができるとは思いにくいな」
「……褒めてるのかな、それは」
「心から。お前の善悪の基準って完全に正常だから。まあ人に恨まれるときってのは、自分に責任なくてもいくらでもあるもんだけど」
「人に恨まれる覚えは思いっきりあるよ、そういう商売だからね」

「本当にレイオス人だったのか? シズクが去ってから、一体何があったんだ? シズクから話は聞いたけど、それから先がわからない。すべて話せ」
 双子の兄ながら、こういうときのキールの言葉は「命令」といっていい響きと、逆らえない雰囲気がある。
 
 イールは従おうかどうしようかと迷ったが―――結局肩をすくめて話し出した。







 

 

2004 7/9 up

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