恋の言葉のない恋文 参

 

 

 

 進藤ヒカルが、少なくとも塔矢アキラの要望をできるだけ聞こうとしているのは確かなようだった。

 ヒカルとの問答に疲れたアキラが食事を要求すると、ヒカルはすぐに姿を消し、戻ってきたときその手にはできたての食事をのせたトレイがあった。
 中身は魚介類の刺身が色鮮やかにもられた硝子器としょうゆ皿と白ご飯。
 アキラは思わず聞いてしまった。
「これ……、キミがつくったのか?」
 どうみてもヒカルは家事全般を母親におんぶにだっこになってる今時の若者で、料理が得意な様には見えない。
「練習して努力しました。塔矢にマズイもんなんて食べさせられないし」

 事前の準備と配慮を万全にしてあるという点は、本当にぬかりのないようである。
 塔矢を監禁した部屋にはテレビもあれば、巨大な本棚もあった。そしてその中には、古今東西の囲碁の本、時代小説が詰め込まれ、アキラが退屈しないようにと配慮されていた。
 それがまた塔矢の好きなものばかりで、「剣客商売」の本を手にとり、そういえば進藤にいつか、この本が好きだったと話したことがあった、と思い出す。
 書棚には全巻がそろっている。
 ちょうどいいからこの機会にまとめて読み直すか、などとのんきに考えている自分に気づいて、アキラは苦笑した。

 こんな時だというのに。
 ヒカルはいつも大抵、塔矢と一緒にこの部屋にいる。
 特に何をするというわけではない。その間中じっと見つめられてでもいたら、神経症にでもなってしまっただろうが、ヒカルは雑誌を持ち込んでそれを読んだり、うたたねしたり、塔矢を囲碁に誘ったりする。
 そしてそれを塔矢が断っても、ヒカルはいつも変わらず、幸せそうな微笑を口元にたたえていた。本当に、塔矢と一緒の時間を過ごしていること自体が嬉しくてたまらない、といったふうに。

 はめ殺しの窓の外で、日差しが次第にその強さを失っていく。
 夜になったのだ。
 部屋の外で本を読んでいたヒカルは顔をあげた。

「塔矢。風呂入る?」
「……鎖はとってくれるのか?」
「わるいけど、ダメ」
「進藤」
 アキラは真顔でヒカルに向き直った。

「自分が何をしているのか、わかっているのか? これは立派な監禁罪だぞ? 下手をすれば未成年者略取で誘拐罪だ。下手しなくとも棋士資格の剥奪になるかもしれない」
「うん。わかってる。でも、やらずにはいられなかったんだよ。だってオレ、お前のこと好きだから」
「……それはストーカーの論理だぞ。好きだからといって、何をしてもいいと本気で思ってるのか?」
「思ってないよ。好きだからしたいってだけで、そのことが罰をうけるってことも、ちゃんとわかってる。罰は受けるよ、ちゃんとね。好きだからそばにいたいけど、でも好きだから、塔矢が傷つくような事はできない。だって、俺が無理矢理塔矢のことゴーカンしたら、絶対塔矢、傷つくだろ。まあ、プライド高いから泣くかどうかはしらないけど、泣けないぐらいに傷つくと思う。そんな塔矢を見たくないから、しない」

 アキラはため息をついた。一方では安心もしていた。
 どうやら、本当に、進藤は自分をどうこうする気はないらしい。
 同性同士がどのようにして性行為をするのか、アキラだって知っていた。正直なところ、あんなところにあんなものを突っ込まれるなんて想像するだけで身の毛がよだつ。

「で、風呂入る?」
「……僕がキミを殴り倒して逃げるとか思わないのか?」
「殴られてもまあ諦めるし、逃げられないよ。鍵はここじゃない別のところにあるから。オレをなぐって気絶させても、塔矢はその鍵を手に入れられない。だから塔矢ができることっていったら、オレを殺すぐらいなんだけど……」

 そんなことができるわけないだろう。
 アキラはため息をついて、大人しく風呂に入った。
「夜ご飯、揚げヤキソバなー。出てくる頃には作っておくから」
 という声を後にして。

 頭を洗い、風呂から出ると、タオルをかけた姿でコテージの中を歩いた。
 どうやら平屋らしい。たしかに一戸建てで、林の中に位置している。
 鎖はかなりの余裕があった。監禁されている部屋のなか、風呂場、トイレ、そして空き部屋が二つ、食堂らしい部屋がひとつまで覗くことができる。
 最後に覗いた食堂のなか、そこに、ヒカルがいた。

 エプロンをかけて料理を片手にちょうど食卓に並べているところだったが、足音にぱっと顔をあげた。
 向日葵のような笑顔。

 アキラは混乱する。こんな、誘拐監禁なんていう行為の陰鬱さとまったく釣り合わない笑顔だった。
 食事中、それを指摘すると、ヒカルはさらりと言った。俺が笑えるのは―――、
「お前が、側にいるからだよ」

      § § §  

 平穏に一日目はすぎて、二日目にはいったとき、アキラはどうやら自分がこの生活に慣れてきていることに気がついた。
 左手首の手錠は気にさわるし、外出できないことも腹がたつが、それ以外ではまったく平穏なのだ。強いてあげればヒカルがうろちょろと周りにいることだが、ヒカルはどうやら騒がしい一方、その気になればいくらでも静かにしていられるという人種らしく、アキラの気分をけばだたせることはない。

 また、明日の昼で解放か、と思えば寛大な気分にもなれた。
 ヒカルの料理を食べ、ヒカルと一緒の室内で本に没頭し、眠る。
 そんな風に二日目は過ぎた。

 三日目。
 アキラはヒカルの足音で目覚めた。
「ご飯できてるよ」
 起きて顔を洗い、食堂に行き、食事をとる。
 それから部屋にもどった。今日の一時四十六分の新幹線にのせるから。ヒカルはそう言っていた。

 けれどもその日、部屋に入ってきたヒカルは携帯電話を手にしていて、アキラは驚く。そんな、外部との通信設備をヒカルがアキラの手が届く範囲内に置いたことはなかった。

 ヒカルはアキラの目の前で、みせつけるようにゆっくりと、二つ折りの携帯を開く。
 そしてそのまま、どこかへと電話をかけた。
「……はい、はい。ええ、塔矢アキラはここにいますよ。明日の対局には出しませんからご心配なく。口座にお金を振り込んでおいてくださいね」
「ヒカ……ル?」
 パチン。
 進藤は携帯を閉じて、見た事もない冷たい眼差しでアキラを見た。

「説明はいる?」

 それが答えだった。
 明晰な塔矢アキラは、さっきの会話でほとんどのことを理解していた。できてしまっていた。
「キミは……! 僕を明日の対局に出すと何度も言った!」
「言ったよ。でもさぁ。塔矢。人間って嘘つく生き物なんだけど。どんな善人のじーちゃんだってばーちゃんだって、嘘つかない人間なんていねーよ。ましてやオレ、お前を監禁している張本人なんだけど、どうして信じるかな、そういうこと」

「進藤……! 何もかも嘘だったのか? 側にいるだけでいいとかいうあの言葉も、嫌いなことはしないという言葉も!」
 ヒカルはほがらかに笑った。
「うん、ぜんぶうそ」
「きみは!!」
 一声叫んで絶句する。
 一方向に向かっていた感情が、突然の軌道修正に対応できずに奔流となる。
 体中から力がぬけた。
 なぜか目がうるんできた。
 それをさとられまいと、アキラはベッドについた手を握る。

「解説、いる? お前と明日対局するヒト、お前がとーっても、邪魔なんだってさ。そりゃそうだよな。リーグ最終局、挑戦者になれるかどうかの瀬戸際だもんな。で、お金だすからお前をなんとかしてくれってさ」
「ぼくを……好きだといったのも」
「あああれ、本気にした?」
 遊びで虫を殺す、無邪気な子供の残酷。むごいほどの朗らかさで、ヒカルはそう口にした。

「変態でもあるまいし、男が男を好きになるなんてこと、あるわけねーだろ。馬鹿馬鹿しい。ああ塔矢、お前本気にしてたんだ。ひょっとして少しはぐらっとした? お前、変態?」
 怒りで目の前が見えなくなるというのがどういう時か、アキラははっきりと理解した。
 アキラは立ち上がり、ベッドを蹴って飛びかかった。
 その瞬間かくん、と後ろから引かれて失速する。

「ばーーーか」
 フローリングの床に顎からたたきつけられ、うめくアキラの耳に、進藤の声が聞こえた。
 なんて冷淡な、慈悲のかけらもない言いざまだろう。
「俺が、お前に携帯奪われる危険性も考えず、これ見よがしに見せつけると思う? さっきの食事に薬盛っておいたんだよ」
「ぼくは……! きみと、一緒に行くと、母にも父にも言っておいた! すぐに人がくる!」

「そうだな、明日にはお前は解放されるよ。なんせコトがコトだ。リーグ戦を休むなんて、普通じゃない。すぐ連絡が行くよな。ただし、その時にはもう、対局には手遅れだけど。でもさあ、塔矢。お前はオレに監禁されていて行けなかった、なんて言えないよ」
 言いながら進藤は携帯をおいた。

「お前、オレに強姦されるんじゃないかって心配してたっけ。大丈夫、証拠写真つきでやってやるから」
 アキラの瞳が怒りにひらめいた。
 腕をついて床から顔をあげ、ヒカルをまっすぐに睨みすえる。
「それが口封じにでもなると? ちょうどいい、キミのやった犯罪のまごうことなき証拠だ。喜んで警察に提出するよ。写真には鎖も写るだろうからね。四日の対局は諦めてもいい。けれどその代価は、キミの正常な人生すべてだっ!」

 ヒカルは怯みもしなかった。いや―――ひるんだとしてもアキラにはそれを見つけられなかっただけかもしれない。しかしこの悠然たる態度を、虚勢だとはどうしても思えなかった。
「そうだな、お前はそうだろうよ。男に強姦されました、なんて言って起こる誹謗中傷のすべてを乗り越えていける強さがある。でもさ、塔矢。すべての人間が、お前ほど強くはなれないんだぜ? おれは、お前が警察に行くと同時に、お前の写真を新聞社にバラまいてやる。棋界の貴公子、王子様のような端正な顔立ちで女性ファンを数多く獲得している塔矢アキラが、よりにもよって男に強姦されている姿を。……お前のお母さん、耐えられる?」
 アキラは食い入るようにヒカルをみた。視線で人を殺せるものなら、殺してやりたかった。

 だれかを、これほど明確に殺してやりたいと思った事はない。

 ヒカルは端然とした、隙の無い微笑をたたえていた。
「お前は、お母さんを苦しめること、できる? 口では何をいったところで、親ってものの本質は決まってる。自分の子が苦しまないように、そいつを世間に対して自慢できるように、そしてなにより、そいつのせいで自分が恥じ入るようなことのないように―――ってね。塔矢。おまえは、週刊誌が湧き起こすゴシップの海に耐えられるかもしれない。けれど、お前のお母さんは、耐えられる? たとえ「それでいい」とか明子さんが言った所で、内心はこう思ってるもんだぜ。そんな恥を世間にさらさないでくれ、って」
「……僕の母は、そんなやわじゃ、ない……っ」
「そうか? 別にどちらでもいいよ。明子さんは傷つく。そしてそれをわかってその上で、お前は事態を公にできるかってことなんだから」
 すきだ、と―――。
 何度も何度も囁いた同じ唇で、ヒカルはアキラを傷つけていく。
 嘘、嘘、嘘。すべて、嘘だったのだ。
 最後に、ヒカルはこうつぶやいた。
「……塔矢、お前、正解だよ。
 ただ側にいてほしいっていうだけで、こんな手のこんだこと、する奴いない」

 ヒカルは手をのばし、アキラの体を肩にかけるようにして、ベッドの上へ下ろした。
 アキラはその手を振り払いたかった。
 けれども手が動かず、足も緩い。
「な……にを、ぼ…く…に」
「筋弛緩剤。おまえ、男だろ。一対一だし。どうしたって強姦なんて、大変だよな。だから一服。コレが備えあれば憂いなし?」

 言いながらヒカルは手早くアキラのシャツのボタンを外していく。
 夏場なので半そでのシャツの下はそのまま素肌だ。
 はだけられた胸元に手をおかれて、鳥肌が立った。
 ヒカルの感心したような声が聞こえてくる。
「お前、肌きれいなのなー。女よりすべすべ」

「はな……せ……っ。さわ……る、な!」
 カチャカチャとジーンズを引き下ろされる音がした。薬は感覚までは食い尽くしていない。
 粘膜に刺激が与えられた瞬間、声帯が緩んでいなければ声をあげてしまったかもしれない。
 白いシーツの上に散った、艶のある黒髪を慈しむように手でふれ、何度も梳く。その優しい感触に、ゆるんでしまいそうな心をアキラは叱咤した。
 絶対に、何があっても、許すものか。
「……君、だけは、許さない……!」

「うん。いいよ、俺のこと、憎んで。許さずにいて。オレの顔見るだけでも憎しみが煮えるぐらい、平常心ではいられないぐらいに」
 最後の一枚が剥がされる。空気にさらされた粘膜を生暖かい感触が包んで、アキラは眩暈がした。
 と不意に翳ってついばむような口づけ。
 触れるだけのキス。

 ヒカルの手が体のあちこちをまさぐっているのがわかる。体の線をなぞり、確かめるように。
 綺麗に浮き上がった鎖骨の下をきつく吸い、跡を確認して甘噛みする。胸の飾りに手を伸ばし、やんわりと触れる。指の腹で撫ぜる行為を執拗にくりかえし、一方では局部への愛撫を再開する。
 ―――普通、強姦はこんなこと、しないんじゃないか?
 丁寧にほどこされる前戯にアキラはわからなくなる。声が出ないように口を押さえるのがせいいっぱいだ。そんなアキラを嘲るように、光がひらめいた。遅れてシャッター音が耳の感覚器官を刺激する。
 緩みかけた意識が強ばる。

 魚のようにうつぶせに返され、後ろを指でさぐられた。指は一本も入らない。
 ほっとしたのもつかのま、薬剤の刺激臭が鼻をうつ。
「や……だ……! や……めろっ」
 そんなところをさわられたくない。指を入れられるなんて。本能的な恐怖に、身を振り絞るように声をあげた。
 足の指一本、動かすこともできない。何とか自由になるのは声だけだ。
 その声を無視して、指はずかずかと処女地をしるしていく。潤滑油の手助けに、アキラの内部はヒカルの指を受け入れた。一本目は内部をまさぐるように動く。中の壁を点検するようにして奥へとすすみ、指が曲げられた。
 中をまさぐる関節の、存在がはっきりとわかる。アキラは羞恥で顔を真っ赤にしていた。

 肩甲骨をかじられ、痛みとともに、痛みだけではない何かが走る。あ、と思った瞬間、アキラはシーツを濡らしていた。
「あとで……、洗濯するから」
 ヒカルのくぐもった声にぞっとする。欲情をはらんだ声。アキラは何もしていない。ただまぐろのように転がっていただけだ。さわるだけで、煽り立てられるものなのだろうか?

 実際のところ、アキラはたしかに扇情的だった。
 女以上に白くきめ細やかな肌が朱に染まる。与えられる快感に眉をよせ頬の内側を噛んで必死に耐えているアキラの姿は、あられもなく声をあげる女よりもよほど男の嗜虐心と欲情をそそった。

 すい、と二本目が侵入する。アキラはシーツを噛んで、屈辱に耐えた。
 同性であり、友人とも思っていた相手に無理矢理強姦されている。
 与えられる快楽も、何もかも、単なる体の生理的反応だ。ヒカルに対する怒りも憎しみも少しも減じるものではない。
 やがて指が抜かれ、ヒカルのズボンのチャックが下ろされる音がした。アキラは一層強くシーツをかみ締める。

 侵入してきた熱量に、アキラは息がとまった。痛みに目に涙がにじむ。
 ヒカルの体は容赦なく奥へと突き進んだ。アキラの体は薬でどこもかしこも強ばりがほどけ、柔らかい。肩をつかまれ、最後まで受け入れさせられて、その質量に息が止まる。内部に脈動する存在をダイレクトに感じて、ヒカルが本当に自分の中に収まっているのだと思う。眩暈がした。
 口の中は苦い血の味がする。一生忘れない。人生最低の日の味だ。

「すげ……きつ……。すごく熱い……、お前のなか」
 いいからさっさと抜けと言いたかった。
 お前は気持ちよかろうが、こちらは悪夢だ。それも極めつけのだ。
 アキラはヒカルを好きだったのだ。同世代の人間を好きになることの少ないアキラにとって、ヒカルは数少ない……というか唯一の同い年の友人であり、ライバルでもあり、信頼すらしていた。
 鎖をかけられたときでさえ、まだ信じていた。その信頼は今ずたずたに引き裂かれて自分は進藤のペニスを受け入れさせられている。
 友人に裏切られ、強姦され……まるで三文ドラマかギリシャ悲劇のようだ。
 自分にしめあげられて、背後でヒカルが気持ちよさげに声をもらしている。

 深部で、ヒカルが動き始めた。内臓ごとせりあがるような苦しさと吐き気がアキラを襲う。
 引き抜かれるたび体は反応してふるえ、肩をつかまれ肩甲骨をベッドに押し付けられながら押し込まれるたび、ひきつれる粘膜の感触に吐き気が喉元まで込み上げる。
 それが何度となく繰り返されて、アキラは自分がまるで物のようだと思う。
 単なる、公衆便所だ。

 実際ヒカルはそう思っているのだろう。そうでなければ、アキラの意思を完膚なきまでに無視して、こんな事ができるはずがない。
 ヒカルの動きがとまり、体の中に熱い奔流が広がっていくのを感じて、アキラはやっと解放されると安堵する。緊張と苦痛の糸が切れ、アキラは意識を手放した。


      § § §  


 つぎに目が醒めたのは、浴室でだった。アキラは首まで湯につかっていた。
「あ、目、醒めた?」
 どこかのんきな、ヒカルの声。
「進藤……!」
「言っておくけど、まだ体動かないと思うぞ」
 そのとおりだった。
 殴りかかろうとしたアキラはそのままお湯の中に沈みかけた。ヒカルが手をのばし、アキラの腕をつかんで湯船のヘリにかけさせ、背をななめにかしがせる。

 舌の麻痺だけはとれている。
「よくも……」
 思うさま罵倒の限りを尽くそうと思ったが、怒りが頂点にありすぎて、言葉が出て来なかった。
「塔矢、お前が問題にしているのって、どれ? オレがさんざんお前に嘘ついてここまでつれてきたこと? 俺がお前のこと好きだって嘘ついたこと? 大事な対局をつぶしたこと? それとも無理矢理強姦したこと?」

 こうして並べたてられると、一層憎しみがつのる。
「―――ぜんぶだ」
「あっそ。明快なお答え、ありがとう。じゃ、これからやることで更に憎まれることは必定かな」
 アキラが体を強ばらせた瞬間、浴槽外にいたヒカルの腕が湯の中に入った。
 蕾をまさぐられて、アキラの表情がこわばる。
「中綺麗にしないと。お前だってオレの精液入ってるのなんて、いやだろ?」

「は―――はなせ!」
「あっかんべー」
 ヒカルの指がゆっくりとアキラの内部に侵入し、中身を掻きだしていく。
 掻きだすというのはつまり指を動かすということだ。つまり……。
 アキラはきつく目をつぶった。反応してしまう体が怖くて仕方が無かった。

 時間をかけて、その作業が終了すると、ヒカルはアキラを湯船からだし、泡を一杯にたてたスポンジでアキラの体を隅々まで洗った。

 そうして水滴をふきとり、服を着せると苦労しつつもアキラをベッドまで運ぶ。
 その作業の間されるがままに人形のように一言も口をきかなかったアキラはぽつりと呟いた。
「僕は……、キミを許さない」

「うん、俺も、許して欲しいとは思ってない」
 いっそ潔いほどの強さでヒカルはそう言い放った。

 出て行きかけ、肩越しに振り返る。
「その薬、明日の朝には代謝されてるから。四日の朝長野で解放されても、十一時までに東京に戻ることはできない。確認までに言っておくけど……、オマエは、自分の行動で、対局をすっぽかしたの。寝坊でも、俺が倒れて看病でも、あるいはお前が病気でも構わないけど。どれにする?」
「……僕が、病気だということで」
 アキラは屈辱という言葉が焼きごてのようにおされていくのを感じながら、肺腑の底から絞りだすように言った。
 嘘ではない。
 肺と内臓が、誰かの冷たい手でねじられているように、気持ちが悪かった。
「オッケ。じゃ、そういうことで」
 進藤ヒカルは朗らかに笑って、部屋を出て行く。

 強姦される女性の気分と、強姦されて泣き寝入りするしかない女性の気分。
 男には貴重な二つの気持ちを経験することができて幸運だろうか?
 しかしそんな気持ちは当然のことながらどこを探しても出てこず、代わりにアキラの胸中に浮き上がってきたのは、進藤ヒカルに対する焼けた鉄のように赤びかりする復讐の思いだった。

 

 

2002 5/24 up

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