運 命 

 

「おまえさ、絶対にあるはずがない確率の偶然って、あると思う?」
「――――お前が、それをいうか?」
 呆れ返った口調で、シンは聞き返した。

「そもそもお前自身が、確率的にいるはずのない人間……ってあ、聞いてたか?」
「ああうん、聞いた聞いた。さんざ言われたから。こんな人間がいるはずがない、あるはずがない。なんでいるんだ、どう考えてもい るはずがないのに――って」

「……悪かった。許せ」
「別に。事実だろ。でシン。おまえ、偶然って信じる?」
「そりゃ…目の前にその見本がいるからな」
 そう、とキールはつぶやいて、腕を組んだ。

「俺は、わからない。俺がここに存在している。そこに皇族のおまえが本当に偶然訪ねてくる。それは、本当に偶然なのかな?」
「……お前、ひょっとして運命とか信じてる型か!?」
 シンの言葉は、思いっきり馬鹿にする響きで発せられた。こう言われれば、大抵の人間は慌てて否定しようとするものだが、キールは変わらなかった。
「運命を? …信じてるよ」
 あんまり穏やかに言われたので、シンの方が言葉につまる。

「……意外だな。お前、現実主義者だろ。だから、神とか運命とか…そんなもの信じてないと思ってた」
「じゃ、現実主義者のお前にも判るよう言ってやるか。俺がここにいて、そこによりによって皇族のお前が訪ねてくるのは本当に偶然なのか。それとも、何かの作為によるものじゃないか」
 ようやく腑におちた。

「それなら話は判る。私も同じ事を思ったしな。だから、蚤一つ見逃さないくらい念入りに調べた。お前の系図も十代たどれる。ナギはもちろん、言うに及ばず、だ。
でも結論は意図的なものはなし。ナギが私のところに来たのも、私があの日あの時あの場所にいたのも、何の作為もない。人為的な作為が介入しない低確率の実現は、偶然と呼ぶしかない。それともお前は、ナギが何か小細工したとでも?」

「あいにく、俺もお前と同じく推論で物事を決めるのはきらいなんだ。お前がナギの周辺をそれこそ先祖伝来に至るまで徹底的に調べあげたのと同じように、俺もナギに確かめた。緑の座が何か小細工したかとも思ったけど何も無かったしな……。これじゃ、たしかに、偶然であるとしか言いようがない。でも……――お前さ。神様って信じてる?」
「私は、筋金入りの無神論者だぞ。そもそも神がいるのなら、悪い人間をきちんと罰してくれるのなら私の苦労はなかった」

「そだな。お前の言うような、悪い人間には罰をとかいう神様じゃなくて、…こうしようか。人より高い知性と遥かに大きな能力を持ってる存在。俺はそれを神と呼んでる。悪魔でもいいけど。そういう存在はいると思うか?」
「? …精霊のことか?」

「訂正。精霊より、もっと力のある存在。いわゆる、高位の存在、だな」
 下位の存在には高位の存在は認識できないが、高位の存在は下位の存在を認識できる。微生物は人のことを知らないが、人は微生物のことを知るように。
 神学というより、哲学と自然科学に共通する一概念である。

「……知らない。興味もない。認識すらできないんだから、いてもいなくても、変わらないだろう?」
「だろうな。お前はそういうだろうと思った。そこで問題だ。…はて? 俺がここにこうしている、そこまではまだ妥協しよう。でもそこに、よりによって皇族のお前が来る。これは果たして本当に偶然なのだろうか。どこかの高位の存在が意図的に作った状況ではないか。俺は疑ってるわけだ」
「―――要するに、『運命』か?」
 シンはずばりと切り込んだ。

「人は、神の作為によって作られた低確率の出来事を運命というが…しかし、お前、意外と暇人だな。そんなこと気にしてどうなる? にしても……人は見かけによらない」
 シンは首を振る。
 自分と張るぐらいの現実主義者だと思っていたキール―スティンが、実は運命や神様が大好きなのだとは、まさか思わなかった。
 無神論者は時に、夢幻的なものを信じるかどうかと有能無能を混同する傾向がある。とびきり切れると思っていたキールが、信じる人間であると知り、シンは少し失望した。

 キールはその心理の動きが手にとるようにわかった。大体のところ、有能無能とそういうものを信じる信じないこととを同じように考えること自体がおかしいのだが、別にいいかとも思う。
 実際に、キールがそういうものの事を信じているのは、本当だったからだ。
「何のために一体どうして俺がここにいるのか。俺はそれを考え続けて生きてきた。そしてたぶん、これからも、その考えを傍らにおいて生きていくんだろう、倦むほどに長い人生が、死にいたるまでずっと」
 死に、いたるまでずっと。
 ―――まるで厳粛な婚姻の誓いの言葉。

 そしてそれをシンは、冷めた眼差しで見つめていた。
 これはもう、人生の価値観の違いとしか言えない。シンは運命など信じない。神の助力をこいねがわないのと、同様に。
 神に祈るぐらいなら、自分自身に祈る。未来は自分で作るもので、神様だとか運命だとかいう輩に指図されたことは一度だってない。
 困難を自分の手腕で切り開いてきたシンからすれば「運命」は、柔弱な人間の逃げ口上にすぎず、神もまたそうだとしか思えなかった。
 だから、「運命」など、信じられるはずもない。
 しかし同時に、キールはキールで、そういうものを信じる理由を、持っているのだ。

 シンは脳裏のキールの欄に、その事実を刻みつけるにとどめ、キールと議論は避けた。
 他者の信念を変えようとすることほど、虚しい努力はこの世に存在しない。


 作品について少し。
 あなたは運命とか信じますか?

 キールくんは、そういうものを信じています。一方シンくんは信じていません。
 そして作者は……別に信じるとも信じないとも決めてません。だって、そんな事気にしたこともありませんから。気にしなくとも、問題ないですからね。運命なんて、所詮その程度のしろもんです。

 えーと、基本的に、人の人生というものはとても長いです。作品にして発表しているのはそのごくわずかで、発表しない出来事は、いっぱいあります。でもそういう出来事の延長線上に登場人物はいるわけです。とりあえず、大きな事件については事情説明を組み入れていますが、判りづらければ言ってください。私は小心者なので、無視できません。なんとかします。

 

オリジナルのページに戻る