出歩けるぐらいにまで体が回復すると、私は自分がどれほど希有な場所に存在していたのかを知って、日々目を見張った。
私のいた部屋は、窓からはもちろん、床のわずかな隙間からも緑色の光が漏れ出していた。クラウドが食事の時間に食事を持ってきていろいろな話をしてくれる時間以外のほとんどの時間を、私はその光を見つめることで癒されていくのを感じていた。
その緑色の光は、世間に対して何ら一般的な固定観念も、常識の持ち合わせもなかった私が美しいと思った最初のものだった。純粋に、美しいと、思った。
外へ出てみると、その緑色の光は、この村では珍しいものではなかったことがわかった。
地面に緑色の光が流れていた。
いや、緑色の光が、それ自体が質量をともなったものとして、どろりと密度の濃い飴を溶かし固めたようになっていた。
土の地面が残っている場所も、その下には緑色の光が流れているのだろう。内側から発光するような、微妙な色合いとなっていた。
目をほそめ、見回す私の姿に、隣に付き添っていたクラウドはふと笑った。
「ライフ・ストーム。星の―――エネルギーの循環だ。そして人は皆、死んだらここへ還る。ちなみに、アンタが死にそうになった場所は、この村の裏側」
「うらがわ? じゃ、近いのか?」
「ううん、裏側。―――星の裏側」
いたずらっぽく、クラウドは笑った。彼がこの役割を楽しんでいることは明らかだった。
「一月ぐらい、前にかな。……セフィロスって奴がいたんだ。背も高いし、強かった。男なら誰だって憧れずにはいられないほどかっこよかった。最強のソルジャーとまでいわれた、伝説のソルジャー……。そしてこの星を壊そうとした。おれはセフィロスを殺して、それを阻止した」
私は直感した。
それが、彼がいつか話した彼の上司だ。
クラウドはやるせなく、何度も首を振った。
「でも、本当のところは、星のためなんていう聞こえのいい理由からじゃない。……好きだった女の子、とても大切だった女の子を、セフィロスに殺されたんだ。―――あの時ほど自分が情けなくなったことはない。自分の弱さを思い知ったことも。おれは、目の前で、セフィロスが彼女を殺すのを見ていた。見ていることしかできなかった」
「……なぜ、そんな話を……」
「さあ、わからない。……ラクだからかも知れない。あんたは、きっと、セフィロスがどういう人間か知らない、この星で唯一の人間だから」
私は顔をふせた。……セフィロスのことを、私は知っていたので。
そしてそこに声がおちた。
「……ティファのことも、ごめんな」
「ああ……」
胸のあたりまで流れる栗色の髪。突き出た胸の形をはっきりと見せる、体にぴったりとした厚手の綿のTシャツ。
短パンからすらりと伸びる剥き出しになった太ももと相まって、青年男子の私の目に大変楽しい美少女だった。いや、もう少女というのは正しくないだろう。
その彼女が何度かクラウドと口論をしているのを何度か耳にした。
……彼女は、泣いていた。
「私もバレットも―――あなたも! みんな神羅のせいで不幸になったのよ!?
どうしてそんな奴らの頭領なんかを助けるの!?」
私の記憶が混乱していたのは一時的なことだった。
怪我の症状が落ち着いていくにしたがって、冷徹な社長「ルーファウス」としての記憶は蘇っていき、出歩けるようになった今は、もうすっかり全てを思い出していた。
だから、彼女が言っていることも、どんな事件なのか、よくわかっていた。
それをやったのは、私ではなく、私の父であるのだが、神羅という巨大企業が起こしたことだ、と言われれば頷きを返すしかない。そして神羅を束ねるのは……いや、束ねていたのは、私なのだ。
記憶が戻った今となっても……、薄い玻璃を一枚隔てて見るように、「ルーファウス」という存在は、実感が遠かった。
そしてそれよりも判らないのは、クラウドの態度だった。
この半壊した村で、何をしているのか。
記憶が正しければ、彼は「英雄」のはずだ。
なのにどうしてこんな貧しいところで貧しいものを食べ、誰にも称賛されることも感謝されることもない生活をしているのか。
「……クラウドは、世界を救ったんだろう? だって、セフィロスを倒したんだから」
「……」
「なのに、何故、そんな悔いるような顔をしているんだ?」
クラウドが目を見開く。
ずっと緑色だと思っていた目は、太陽の光のもとで、青く輝いていた。
「悔いる……か。やっぱ、記憶がなくてもお前はお前なんだな。すっげー、鋭い」
「クラウド?」
「以前一回、お前と戦ったことがある。……その事は話したよな。その時に、言われた言葉があるんだ。腹の底まで見透かされたようで、ゾッとした。勝負は俺が勝ったけど、勝った気はまったくしなかった。だって、俺はお前の言葉を乗り越えていないんだから。……いまでも」
私は記憶をさぐった。
……憶えてない。
つまり、私にとってはそれは憶えておくほどの価値も持たない一言だったのだ。
けれども私には取るに足らないそれが、クラウドにとって忘れられない刺となっている。
「俺がお前を助けたのは、そのせいもある」
「……私は、なんて言ったんだ?」
「『お前は、お前のソルジャーになれたのか』。……あの頃おれは、セフィロスを追っていた。神羅ビルに入ったのは、エアリスを助けるためだったけれど。おれはずっと、ソルジャーになりたかった。……セフィロスのような、強くてかっこよくて、誰からも尊敬されるソルジャーに。
でもそれは、誰かからの称賛が欲しかったんであって、……誰かの為になれて、誰かを助けられるからソルジャーになりたいと思ったんじゃ、なかった」
「でも、いまは……」
「いや、今も。……今も俺は、あの時のままだ。誰かの為に、なんていう綺麗事で、セフィロスと戦ったんでもなければ、自分ひとりの傷が痛くて、誰かの力になることもなく、こうして生き腐されてる」
クラウドが、これほどの自己嫌悪を抱えて生きているとは、正直なところ意外だった。
確かに、記憶とクラウドの言葉を照らし合わせれば、おかしい所はいくつもあった。
そのどれもが、今の言葉によって氷解していく。
なぜ、クラウドはこんな所でひっそりと暮らしているのか。
セフィロスを倒し、世界を救った英雄だというのに。
なぜ、仲間や、人々の要請に応えることなく、一人でいるのか。
戦後の復興は、彼らにとってもしなければいけない急務だろうに。
記憶にあるクラウドの仲間は、七名。一人、エアリスが死んだと言っても、まだ六人いる。なのにこの一月。訪ねてくるのはティファという少女だけで、彼女とすら、一緒に暮らしてはいない。
クラウドの胸にあるのは、ふれれば肉を焦がすほどの自己嫌悪だ。
力がなかった、大切な人を救えなかった、つまらないプライドと虚栄心にばかりかまけて、「誰かを救うための力」を磨かなかった。これがその報いだ。
町の、淡い燐光を帯びた大地に足をおいて、クラウドは殉教者の顔でいった。
「俺は、ここで、腐っていく」
緑の光は、揺り籠。
この光のなかで、クラウドはまどろみ続ける。人々の嘆願に、背をむけて。