ベンズ・ナイフ

 

 ベンズ・ナイフのコレクション。
 キルアは父親の部屋にあったそれらをよく憶えている。

 木目張りの部屋の四方にガラス棚が置かれ、その中にはずらりとベンズナイフが収められていた。ベンズナイフはガラス一枚の向こう、棚の木板に縛り付けられるように短い緑色の紐で数箇所を固定され、一様にその隣にはベンズナイフの年代が書かれたプレートが貼りつけられていた。
 
 四方に、といったが間違いではない。
 その部屋は四方がそうやったガラス棚で占められていた。
 そして、きっと計って作ったのだろう。どれもが壁の一辺にちょうど入る大きさであり、そしてどれも同じ大きさのものが四つ、四辺を占拠していた。

 部屋の形は、正方形である。

 四辺はどこもスキマなく棚で覆われている。棚の中身にはベンズナイフのコレクションがずらりと並ぶ。どれも正真正銘、真品である。

 ではどこに入り口があるのかといえば、この父親のコレクション・ルームには、上から入るのだ。
 部屋の中央には白い金属の円筒があり、その先端は天井を貫いている。エレベーターだ。家族だけが知り、使える秘密の通路。
 それを通ることでしか、この部屋には入れない。

 そしてそこに、キルアは今立っていた。
 祖父も父親も次兄も長兄も、妹も、……つまり、母親以外は全員、家から出払っている。
 十老頭の依頼と、幻影旅団からの依頼、そして情報収集役、および連絡係として、一家のほぼ全員が、ヨークシン方面へと出払っていた。

 その情報を入手したキルアは、自分の家に半年ぶりに戻ってきていた。

 この空白にそなえ、警戒をかためていた執事たちも、一家の一員であるキルアには何の壁にもならなかった。
 ―――命令によって動く人間は、命令されていないことには動かない。
 キルアを入れるな、という命令を受けていない彼らはむしろ喜んで受け入れた。

 そしてキルアは人気の絶えた自分の屋敷を勝手知ったる態度で進み、この部屋まできたのだ。
 それは一応侵入という言葉が適用されるべきだったが、到底そうは思えない悠然さだった。

 キルアは父親のコレクション・ルームの周りを見回す。
(変わってないな……)

 キルアがこの部屋に最後に入ったのは、家出決行の直前、11のときだった。
 その時眼を皿のようにして決して数え間違いをすまいとして数えた数は184本。
 じつに、世の中にあるベンズ・ナイフの半数以上がここにあることになる。

 父親に、最初にこの部屋に連れてきてもらったとき、キルアは八歳だった。
 天空闘技場から戻ってきたばかりで、この部屋に入れてもらうのは、そのご褒美なのだと気づいていた。

 そのとき、父親はキルアに対して淡々と一本のナイフの由来を語った。それは父親がこのコレクションの中でも特に気に入っているもので、聞いて、やっとナイフの脇にあるプレートに刻まれている文字の意味に得心がいった。

「これらのナイフは、ベンニー・ドロンという希代の刀鍛冶が作ったものだ」
 そのとき、父親はそういって説明をはじめた。
 父親の声は岩のようだと、キルアは聞くたびに思ったものだ。
 それはほとんど喜怒哀楽を示さない太い声音からか、それともその、身長において子供のキルアの二倍半、重量にいたっては四倍ほどもある大岩のような体からくる印象だったかもしれない。

 そのときキルアは、後日ゴンに語るのとほぼ同じ内容のことを父親から教わった。

「ベンニーは、素晴らしい腕の刀鍛冶だったが、殺人鬼でもあった」
 八歳の、自分の子供に向けて、感情を含まぬ声でいう。
 一般の家庭では教育的配慮という大きな横書き文字で封印されてしまうような事柄も、もちろん殺し屋一族の間では禁忌でもなんでもない。

「ベンニーは人を殺すたびに刀を一本ないし二本作った。それらは全てナンバーがついている。もちろんベンニーは殺人をしたとき以外にも刀を打ったが、それらの刀の精度、練度はここにあるベンズ・ナイフには遠く及ばない」

 そこで八歳のキルアは質問した。
 おやじ、と隣にたつ父親のはるか上の顔を見上げる。
「刀のよしあしってどう見分ける? それに、必要ないよ。俺も、親父も、素手でナイフより鋭く切れるだろ」
「そうだな……、ふむ。これがいいか。ベンズのナイフの中でも初期の傑作だ」
 キルアが注視するなか、父親はガラス棚の中から一本のナイフを取り出した。
 それを右手に持ち、左手をキルアの眼前につきだした。
 それだけで子供のキルアの視界のほとんどが占められてしまったほど、太い腕だ。

「キルア。俺の腕に、素手で全力で突いてみろ」
 キルアはその言葉どおりにしてみた。
 毎日の鍛錬で、父親の皮膚は鉄以上に固く、キズひとつつかないと知っていたからだ。
 そして、いつもの結果が繰り返された。

「なら、今度はこのナイフで突いてみろ」
 キルアは今度もそのとおりにしてみた。
 素手の武術のほかにも、ナイフや武器を使っての暗殺術も訓練の内に入っている。
 ナイフを構え、全身で突いた。
「あっ!」
 父親の肌に、そのナイフは突き立った。

 五ミリほどだったが、それでも皮膚を傷つけ血が出たことは、間違いない。
 父親はナイフを抜き、丁寧に刃を拭った。
「これが優れた武器というものだ。力のないものはこうやって優れた武器を手にすることで、力のなさを補う。お前だからこそ五ミリだが、もっと優れた者ならば腕を貫通していただろう。けれども並みの武器では、むろん、砕け散るのみだ」

 父親はナイフを眼前にかざし、言う。
「これには、思いがこもっている。製作者の思いが。それが、使い手の力を何倍にものばす。刃自体の質も最上だがな。このナイフは100番。ベンニーもこの番号には期するものがあったのだろう。冷静に、緻密に、犠牲者を誰にするのかを計画し、下調べをし、アマチュアにしては完璧な手際で殺してのけた。当時、ベンニーの住んでいた国の国王の娘をだ。目撃者も証言も、一つも出なかった」

「それで、なんで、『アマチュアにしては』なわけ?」
「殺す前、三日間にわたって娘を監禁し、少しずつその皮膚を切り裂いていったからだ。娘を盗むまでは完璧だったが、殺す場面で自分の快楽を危険より優先させた。奴の創作意欲は犠牲者の悲鳴や恐怖哀願憎悪の表情だったそうだから、仕方がないがな。亜麻色の髪の、小麦色の肌と細い肢体の、美しい少女だったらしい。国王は必死で捜索した。対抗する大貴族の館、敵対する敵国の諜報部、仲たがいしていた自分の弟の王弟。しかし自分の足元の、王都の一介の刀鍛冶はちらとも疑わなかった。
 来ると思っていた身代金や政治的要求は何一つこず、四日がたった。そして発見されたのが、一見生前と変わらない姿で、行方不明のままの服装で、棺に横たえられ河を流れる姫だ。姫は、まるで眠っているがごとき姿だったという話だ。
しかし、衛士が発見し、棺を引き上げ、抱き上げようとしたとたん、姫はずるりと『剥けた』」

「む……けた?」
 このときキルアは不気味や憐憫に思ったのではない。そんな感傷や情緒が育つ余地のある環境ではない。ただ疑問に思ったのみである。
 キルアは八歳のこのときすでに、悲惨な死体なら、自分の手でも家の訓練ででも、いくらでも見ていた。
 暗殺一族というものは、「死」に慣れるところからはじまるのだ。

 父親は淡々という。
「魚を三枚に下ろしたことがあるか? あれとよく似た状態だったらしい。骨に沿って、表と、骨と、背中側と。血も、染み出てくる脂肪も組織液も全て綺麗にふきとって、内臓は全部足元の辺りに別の袋で入っていたそうだ。花の下に、隠すようにな。棺の中は花、それも生花でいっぱいで、そのこともまた死体の匂いを誤魔化した。もともと死亡推定時刻は発見される日の二十四時間以上前ではなかったそうだから、さして匂わなかっただろうしな。……これだけの死に様で、三日前から国王が大々的な捜索をしていて、さらに素性が国王の愛娘で、話にならないほうがおかしい。
 国中は蜂の巣をつついたようなパニックになった」

「うん」
「姫君の訃報を聞いたベンニーの様子を語る者もいる。温和で善良な人間という評判だったベンニーは衝撃を受けた様子で、その日は一日槌の音がしなかったそうだ。それで、その訃報を伝えた人間―――ベンニーの隣家に住んでいた人間は悪いことをしたとすら思ったとか。
 逮捕後、ベンニーの殺した288件の殺人の、数多の証拠がベンニーの家の鍛冶場から発見された。けれどもこの100番目の証拠は発見されず、いまだにそれだけはベンニー・ドロンの仕業ではないのではという者もいる。―――だが、これが何より雄弁に物語っている」

 鋭角の、子供の積み木をでたらめに積み重ねたようなデザイン。
 それが初期のベンズ・ナイフの特徴だ。
 刃はまだナイフという機能上の制約があるぶん落ち着いているが、柄はまるっきり野放図だった。そのデザインの角を父親は指で押さえ、三秒ほど沈黙していた。すると、どこかが弾ける音がした。父親が柄の先端をひねり、さらにいくつかの箇所をよどみなく触れていくと、中から何かが現れた。
 キルアは息をのむ。
 ―――亜麻色の髪―――。

「途中、一箇所でもやり方を間違えば柄はばらばらに分解されて地に落ちる。買った人間もそういう仕掛けだと思ったことだろう。ベンズナイフに、ばらばらになる仕掛けが施されているものは多い。この中にも三本ある。それらは正真正銘、ばらばらになるだけの仕掛けだが、これは違う。別に、正解となる手順があり、それをなぞれば、王女の髪が現れる。他のは、まあ、目くらましか。これのための伏線だろう」

「でもさ。ずいぶん危険な賭けじゃん、それ。もし買った人間が偶然その正解にたどり着いたらどうするんだよ」
「そうだな。遺伝子鑑定をすればすぐに王女のものと知れる。―――だが、まあ、それもちゃんと考えたんだろう。ベンニー・ドロンという人間には、そういう、自分の運命をダイスにして時々天を相手に振ってみせるような所があった。でなければ、他に人間などいくらでもいるだろうに、王女などを自分の犠牲者に選ぶはずがない」

 しばらく考えて、聞いた。

「親父。その姫君の名前は?」
「アンヌ・ドゥ・フランス」
 父親は短く答えた。

 国名を名前につけるのは、王家の人間の権利だった。
 キルアはその時まだ八歳の小さな子供だったが、精一杯首をのばして、ずっと上にある空欄を眺めた。正確には、空欄の右のプレートを。
 プレートには数字と、文字が書かれている。
 年月日と、名前。
 数字は製造年月日だとすぐにわかる。
 けれども、名前はなんだろうと思っていた。
 ベンズ・ナイフなのだから製作者はベンニー・ドロン以外にはいないはずだ。

 キルアが背伸びして見たプレートには、想像通り、アンヌ・ドゥ・フランスの名が刻まれていた。
「親父」
 キルアは呼んだ。
 テーブルの上に置いたナイフを指差す。
「これ、おれにくれよ」

 キルアの家では、盗みは公認だった。
 むしろ、どう盗むかが問題となっている場合のほうが多く、見事盗みおおせたらそれは大手を振って略奪者の物となった。だから、キルアは父親にそれを跳ね除けられたとき、いつか盗んでやると決意した。


      § § §  


 ―――それらを思い返しながら、十二歳になったキルアはゆっくりとこの部屋を見回し、足を止めた。

 ベンズナイフは、年代によってある一定の特徴があらわれる。
 それは父親のこのコレクション・ルームを見れば一目瞭然だった。
 キルアは一本のナイフの前で立ち止まると、ガラス棚を開けて抜き取った。
 シリアル・ナンバーは100。
 王女の髪の出し方もわかる。あのときしっかり頭に叩き込んだ。

 このナイフは、100番という番号にくわえ、犠牲者は王女。いまだ議論になっている100番目の殺人をしたかしないか、という論争の決着材料ともなるだろう。
 それらがあいまって、これは相当の高値で売れる。―――グリードアイランドと同じぐらいに。

 ナイフのためなんかではなく、生まれて初めてできた、大切な友人のために。
「親父、もらってくぜ」


 キリ番リクエスト、25000です。
 ゲッターのともたさま。こんな駄作を献上してしまってすみません……どうも、ハンターハンターはやっぱり書きづらいようです。

 でも、申告あると、嬉しいですね。踏み逃げがひーふー……2回連続続いていたんで、今回も……かと思っていました。リクエストは基本的に、踏み逃げされるモンなんだと思うことにしてます。だってその方がショック少ないですもの。

 今回は、「ハンターハンターで、キルアの大切なもので、同人的趣味はないもの」、でした。
 ハンターハンターの魅力の一つである残酷さをクローズアップした作品になってしまったのは……、一重にペンズ・ナイフゆえです。キルアでもシルバでもなく、あんたが主役です、ベンズナイフ。いやー、このナイフ、設定がかなりえぐい……。だって奇人の変人の快楽殺人者の天才の鍛冶屋の作品だもんなあ。
 キルアの環境も考えてみればかなりえぐいですが。
 残酷なものは、好き嫌いがはっきり分かれますから、かなり不安……。読めない方も多いかと。みなさま、感想、よろしくお願いします。

 しかし、後からのリクエストの方が終わるとは……、「散らない花」、いくつまで伸びるんでしょう?
 話が長い分、更新はテケテケとやっていきますから。一週間以上、間はあけないことをお約束いたしますんで、見捨てないでくださいまし。

2002  2/10  up

 

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