彼らは互いを正しく理解していた

 


 イールは大いに気をもみつつ、時計を見ていた。

 シンがこない。
 
 シンは約束を破らない。
 イールの記憶のあるかぎり、破ったことはない。
 少なくとも、〇〇に来る、と言って来なかった事はこれまで一度もなかった。
 長期的な関係の場合、信用こそが何よりも大事だということをシンは知っており、信用を築くことの困難と、一度破れた信用を繕うことの難しさもまた、知っていたからだ。

「シンが来ないっ!」
 脳裏に浮かぶ不吉な可能性に身をしぼる様に心配しつつ、イールはうろうろと行ったり来たりを繰り返した。
「誘拐? 事故? それとも…! ああっ!」

 対照的に、至って平静にながめているのはその兄である。
(…あいつが、ンなタマか?)
 シンを誘拐できた相手は尊敬する。シンを草むらに引きずり込んで何かしようとした相手には多大な同情をおぼえる。

 誘拐の場合、するだけでも無謀だ。暴行の場合は試みるだけで死の危険を伴う。よくても半殺し、下手すれば全殺しで死亡である。
 それからしばらく後。
「ごめんっ! 遅れたっ!」
 シンが予定時刻より一刻遅れで飛び込んできた。

「ちょっと阿呆な連中に襲われて時間くった。外にいるから、処理頼める?」
 答えたのはナギだった。
「私が街につれていこう」

 と立ち上がり、外へ出て、子供たちもつられて外を覗いて、思わず立ち尽くした。
 …地面には三人ほど転がっていたが、彼らには縄がかかっていなかった。

 しかし、縄の必要がないことは誰の目にも明らかだった。
「……体中の骨が砕けてるよ…」
 直線部分が存在しない体だった。蛸のようにぐにゃぐにゃに手足がまがっている。人体には不可能な形状は、芯――骨が入っていないせいだと、一目で察することができる。
 白目剥いて気絶している三人の、頭蓋骨と背骨を除くほとんど全ての箇所の骨が微塵に砕けていて、キールは思わず天を仰いだ。

 …死んでは、いないだろうが。人は痛みでも発狂する。そしてシンの性格からして、意識のある状態で砕いたことは恐らく間違いない。……半々の確率で狂っているだろう。

 キールはシンを見る。
 ほんとに、こいつは綺麗なのは外見だけで、中身はえげつないことこの上ない。
 まさに、心配するだけムダだった。


 キールを返してほしければ、金貨十万枚用意せよ。
 その古典的な脅迫状が届けられたのは、昨日のことだった。

「……何日で帰ってくるか、賭ける?」
 それが、脅迫状を見たシンの第一声だった。
「おねがいっ、キールを探してよっ!」
「大丈夫。そのうち帰ってくるよ。…やー、今日はいい天気だねぇ。」

「…………シン。キールが心配じゃないの? 」
「―――イール」
 ぽん。
 シンは肩を叩いた。
「大丈夫。殺して死ぬような奴なら僕がとっくの昔に殺して灰まで焼却してるから。」
「だーっ! 冗談じゃないんだよっ!?」
「あいつが誘拐されたっていう時点で冗談みたいだと思うけど……」
「……シン。怒るよ?」
 シンは肩をすくめた。掛け値なしの、本気だったのだが。

「キールは強いよ。だから平気」
「…そりゃ、キールは強いけど……」
 キールは強い。けれどそれは子供の中でなら強い部類に入る、だ。大人で悪事の専門家に、敵うはずがないとイールは考えていた。ナギもだ。
 シンは苦笑する。

「……いちおう、捜索には動くけどね。イールの頼みじゃしょうがないし。でも、イールと僕の認識、根本的に違うんだよ。キールは強いよ、本当にね」
 キールが誘拐組織をぶっつぶし、シンに救出(?)されたのはその二日後のことだった。

 彼らはお互いを正しく理解していた。

 

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