名前
店内で品物を見ていたときだった。
奥から走ってきた人影と接触する。
どん!
突き飛ばされ、よろめきつつも踏み止まる。一体何だと思いながら店を出ようとしたとき、肩を叩かれた。
「何だこれは?」
…へ?
イールは、店の従業員が持っている品物、自分の買物袋の中に入っていた未会計の商品を呆然と見つめた。
「…だから! 僕はやってない!」
「じゃなんでこんなものが入っていたんだ。自然に紛れ込んだとでも言うつもりか?」
店員の言い分ももっともで、その商品は高額商品で、陳列ケースの内側に置かれている物だ。
イールが草の民なのも不利に影響した。町のなかで、草の民は白い羊の群れにまざった一頭の黒い羊のように目立つ、少数派だ。
草の民は町にくる事がほとんどないから、不気味な得体のしれない人間たちという偏見がある。
そして何よりイールを傷つけたのは、騒ぎを聞きつけて同じく買い出しに来ていた父親が来たことだった。
「あんたは父親かい? 子どもはちゃんと監督しなよ。子どもだから、やらないんじゃない。子どもだから、何も考えずに万引きに走るんだ」
「…申し訳ありません」
「…だからっ! やってないって言ってるだろ! ナギもあやまんないでよ僕はやってないんだから!」
店の人間は苦々しげに息を吐く。
「…万引きやって捕まって、しおらしく謝るのは半分でな。半分は、そう言うんだよ」
ナギは大人の顔で切り出した。
「すみません。弁償すればよろしいのでしょうか」
「…ナギ! 僕はやってない!」
伸ばされた腕が、イールの主張を制す。
店の人間はイールを無視し、ナギに話し掛ける。その表情は疑わしげだ。
「弁償って…できるのかい? 草の民だろうあんた」
「……」
ナギは黙って、金貨を一枚差し出した。
「これで、足りますか?」
「あんた、なんでこんなもん持って…!」
金貨など、一般庶民が持てるものではない。ましてや草の民が。
はっきりとした疑惑が、店の人間と、周囲でそのやりとりを眺めていた客の顔に浮かぶ。
そこでとうとう、イールは我慢しきれなくなった。
「僕らはキールの家族だ! 持ってて当然だろ!?」
「……キール…って、あのシミナーの?」
それで疑惑は晴れたが、イールはナギから睨まれた。……なんで?
ナギからの金貨を示談金として店の人間は糾弾の矛を引いた。
「まったくキールの弟なら万引きなんぞしなくてもちゃんと買えるだろうに……。優秀すぎる兄貴を持つってのも考えものだね」
イールの頬が、一気に紅潮した。あまりに頭にきすぎてとっさに言い返すこともできず、イールは赤い色で頭を満たした。
「…イール!」
ナギがイールの隣に寄って、叱咤の声をかける。わかっている。ここで殴りかかれば、せっかく落ち着きかけた場はまた…。
でも。
「……僕は、やってっ、ないのに…っ!」
「イールはやってないよ」
騒ぎを聞き付けたのか、人込みをかきわけて、双子の兄が現れた時、イールもナギもほっとした。家族全員が、キールを頼っていたのだ。
「…うわまじそっくり…」
人々の間からそんな声が出る。
背、顔、身体つき。揃って立つと、双子の外見上の違いは服装のみだった。
キールは店の人間の前に立ち、言った。
「弟は、やってません」
「…ああ? あのな、じゃあなんで商品がその坊主の袋に入っていたんだ?」
キールはにっこり笑った。
「シミナーに対する言葉遣い、学んだ方がよろしいですね。不敬罪で訴えましょうか?」
店の人間は慌てて口を押さえる。
同じ顔のイールに対していたのと同じように、キールに応対してしまったのだ。
「とはいえ、確かに水掛け論ですね。ナギ、頭が動転してたのはわかりますけど、過去視で事実を明らかにすればよかったのに」
「……あ、そうか」
「手伝います」
キールの手伝いの元に、イールが店内に入って来たところから、映像が映し出された。
食料品売場で「売っている野菜」に珍しげな視線をむけ、雑貨コーナーを一巡りし、宝飾品コーナーには見向きもせずに隣を通り過ぎて、どこかへ向かう。ややあって、見ている人間にもイールがどこに行こうとしているか悟る。出口だ。
買いたい品物がなかったのでイールは出口に向かい……走ってきた誰かがイールにぶつかる。
「あ…!」
誰かが声をあげた。
その誰かが、ぶつかった瞬間イールが持っている袋の中に、何かを、いれた!
「商品が未会計のまま通ると警報が鳴る術をかけてあったんですね。だからイールが捕まった。―――かくて、事実は明らかになりました」
キールは見据える眼差しで、店の従業員を見る。
「……悪かったよ」
「貴方は子供ですか? きちんと謝ってください。ナギと、イールに。ナギが払ったお金も返してもらいましょうか」
一瞬むっとした表情がよぎり、しかしすぐさま不満げな服従に変わる。
イールに向かって頭を下げる。
「……すみませんでした」
イールは、複雑なものが入り混じった息を、体内から吐き出して感情ごと捨てた。
「…も、いいよ。僕のことは。僕が疑われても無理ない状況ってのは、わかった。でもね、なんでナギを責めるの! たとえ僕がやったんだとしてもナギは関係ないじゃないか!」
初めっからやったと決めつけたナギも気に入らない。
「イール」
意外にもそれを制したのはキールだった。
「家族だからだよ。もう行こう」
イールはすっかりむくれていた。
家が身近にみえ、残りの買い物の最中、ずっと黙っていたイールが口を開く。
「……ナギも信じてくれなかった」
たしなめたのはキールだ。
「違うよ、それは。ナギはイールがやってないって信じてた。だけど、ナギは家族だ。そう言ったところで事態は何も進展しない。ああいう時は――あれが一番手っ取りばやいの」
「……私たちは草の民だから。ああいうことはよく、あるんだ。私たちにはキールがいるけれど…。キールが騒ぎを聞きつけて来てくれて助かったよ。イールの強運は相変わらずだ」
「……よく、わからないんだけど…。なんでキールがいると?」
「シミナーだから」
簡潔なナギの説明だった。
「…イール。でもね、できるだけキールの名前は出しちゃいけない。どんな場合でも、キールの名を出せばなんとかなる。でも…それは、代わりにキールが面倒を負うってことだ」
「俺は別にいーけど?」
キールは飄々と言ったが、これは相手が家族なればこそだ。
「だめ。私が許さない。イール、いいかい? 自分の名に誇りをもちなさい。罪も功も全て自分の名前に重ねて、それでも真っすぐ前を見られるのは、自分自身に恥じないことをしてきた者だ。お前にもそうなってほしい。お前の名前はイール。キールに助けてもらって、面倒なことを押しつければ楽だけれど、そのかわりその名は卑怯者を意味する名となってしまう。いいかい?」
イールは頷いた。やっとさっきキールの名を出した時ナギが怒った訳が分かった。
そしてふと思い出す。
「……シンも似たようなこと言ってた。逃げたいけど、逃げられない。だって自分自身からは、絶対逃げられないから……って」
ナギは感心したように頷く。
「けだし、名言だ。……イール。これだけは覚えなさい。私やお前がしたことは、キールにも跳ね返る。キールがしたことが、私たちに跳ね返るように。私たちは、家族だから。
たとえお前が完全に自分の自由意思で行なったことであろうとも、それは必ず、家族にも返ってくるんだ。…もし、お前が将来悪事をやりたくなったら、それを考えなさい。お前のしたことによって、私も、キールも、傷つけられるのだという事を。それは、私も、キール、お前も同じことだ」
身に覚えのあるキールには、中々耳がいたい言葉だった。
「「…はい」」
双子は神妙に頷いた。
家に戻ってナギが家の鍵をあけて中にはいる。続くキールがイールを振り返った。
「キール?」
そこに立たれてると、家に入れない。
「ごめん」
「え?」
「……ごめん。俺の…せいで、あんな事、言われて……ごめん」
思い出した。
……優秀すぎる兄への嫉みで……
思い出してまたむかついた。
一部真実なだけに、ムカつく。
「……俺が、シミナーなんかにうまれなければ……。かけなくてもいい迷惑が、多すぎて。今日のことだって」
「…キールが原因? あのひと、キールに恨みを持ってて僕に?」
こっくり。
キールとイールは瓜二つだ。
「…シミナーなんかに、うまれて、ごめん」
「……馬鹿だなぁ」
うなだれるキールの肩をだきしめて、イールはぽんぽんと叩いた。
「そりゃ、キールのせいで山っっほど迷惑こうむってるけどさ。いいじゃん。家族なんだから」
ナギの言葉はまぎれもない真実で、キールのしたことは確実にナギとイールに跳ね返ってきている。でも、二人はそれでキールを責めたことはない。
イールはとても優しい顔で微笑んでキールを家の中に押し込むと、自分も入って扉を閉めた。
家族だから許せる。そういうことは、星の数ほど散らばっている。